※丸←跡←ジ
※丸井出てきません





 中庭の草むらで寝転がり暖かい日差しにうとうとしていたときだった。
 ほのかに漂う甘い香りに俺は思わず顔をしかめた。前なら喜んで我先にと甘いお菓子を頂くというのに、ここ最近跡部の手作りお菓子の試食をさせられるせいか、反射的に気持ち悪くなってしまう。うええ。食べてもないのに胃がもたれるってどうなの跡部。俺にこれ以上与えたらぶくぶくと太っちゃうよ。
「あとべ、もしかしなくてもそれって」
「ああ、昨日お前に食べさせたのがダメ出しされまくったからな。さっそく改良して作ってみた。早く試食しろ」
「…どうしてだろう。大好きだったカップケーキが今じゃ憎たらしく見える…」
「黙ってとっとと食え!」
 ばしりと頭をひっぱたかれた。こっちだって気持ち悪いの我慢して跡部のお菓子の試作品を食べるというのにその横暴な態度はあんまりじゃないだろうか。まあ、跡部が何か作るのは稀だし、作ったとしても食べさせてはくれないからほんとは優越感たっぷりなんだけどさ。
 ぱくりと口に含んだケーキはほどよい甘さであり、しっとりとした食感で口当たりもよい。最初のぱさぱさで何味かまったくわからなかったカップケーキと比べるとかなり進歩した。むしろこれはもうお店に出せる程度くらいうまい。だけど生憎今の俺は胃がもたれてるから食べるペースはちまちまとのろい。
 黙って食べ進める俺に痺れを切らしたのか跡部が早く感想を言えと急かしはじめた。
「おいしいよ」
「具体的に言えよ」
「昨日指摘した焼き加減についても改善されてるし、最初に比べて粉っぽさもなくなったし口当たりは良好。味についても問題はなし。そこらで売ってる安物の市販品に比べてもこっちの方がうまい。お店でも経営すれば?」
「するか馬鹿」
 相変わらず口は悪いけど、どうやら嬉しいようだ。隠しきれていない口元が緩んでるがよく見える。素直じゃないんだからまったく。
「それなら丸井くんにあげても文句なしだね」
「ああ。…っ、お前いつから…!」
「最初から全部お見通しだから。跡部がいきなり目的も無しにお菓子作りなんてするわけないCー」
 にぱっと笑みを浮かべると、跡部は珍しくあーだのうーだの言葉を濁す。
「跡部が誰かにお菓子を作ってる、ていうのは全校生徒が知ってると思うけど、そのお相手が丸井くんだって知ってるのはたぶん俺だけだと思うよ」
「そうじゃなきゃ困る!」
 赤面する跡部はほんと珍しい。うーん、撮りたいな。
 ゴソゴソと鞄の中から携帯を取り出した俺は狙いを定めてパシャリとシャッターを押す。撮れた画像に写る跡部は何をしてるんだ、と訝しげな顔でこちらを伺う姿だった。赤みの残る頬がかわいい。保護をして素早くデータをSDカードに移す。跡部は数秒ほど固まっていたが、我に返ると同時に携帯を奪い取ろうとしてきた。
「勝手に撮るな!」
「だって赤面跡部って珍しくね?それにいつもは好きにしろ、とか言うじゃん」
「今は別だ!」
 今すぐ消せなんなら俺が消してやるから携帯よこせ!とぎゃんぎゃん言い寄ってくる跡部はやっぱり顔が赤い。あーもうほんとかわいい。自分より背が高く体型もがっしりしてる男にそう思うなんて相当俺もやばいよね。
「いいじゃん。今までケーキの試食してあげたんだし、そのお礼ってことで。俺ここ最近で3キロは太ったし」
 ね?と笑顔を向ければ跡部はため息をついて俺から離れた。
「それ、絶対他のやつには見せんなよな」
「え、え?本当にこれ貰っちゃうよ、いいの?」
「お前が言ったんだろーが。俺としては消してくれて構わねえんだけどな」
 跡部は納得のいかない様子だけど、諦めたようにこちらを見る。その表情と裏腹に、その眼差しはすごく優しくて。
「…うまくいくといいね」
「ありがとな」
 ふ、と笑う跡部はいつも以上に綺麗だった。
 応援するなんて出来ないと思っていたが、すんなりと言葉は出てきた。うっかり泣きそうになるのを堪えて眠るフリをした。声は震えてはいなかっただろうか。ちゃんと普通の表情だっただろうか。目を閉じてそんなことを考えた。

 いつの間にか寝ていたようで、目を覚ますと日は暮れ、空はオレンジ色に変わっていた。周りを見渡すが跡部既にいなかった。その変わり、シンプルにラッピングされた袋とノートの切れ端を見つけた。
 袋の中には見慣れたカップケーキが入っており、ノートの切れ端には綺麗な字でお礼、とだけ書かれていた。
「かわいすぎるでしょ…」
 跡部は簡単に俺の心を奪うんだ。再び沸き上がる、心を締め付ける感覚を無視して俺はもう一度目を閉じた。





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