脱ぎ捨てたヒールのかかとがかけていた



今日は最悪の1日だった。

まず一つ目、目覚まし時計の故障で30分寝坊。遅刻は間逃れたものの、ほぼ素っぴんの状態で家を飛び出す姿をお隣りさんに見られてしまった。

二つ目、先日作った会議用のプレゼン資料の数値ミス。新しい企画の為の大事なプレゼンでのミスは、上司から大目玉をくらってしまった。

そして三つ目。朝大慌てで飛び出したせいで、財布を忘れてしまいお昼ご飯はお預けとなってしまった。

不思議なもので、一度不幸な事が起こると、その日は1日不幸な事ばかり起きてしまう。一度でさえもへこんでしまうものなのに、それが一日に二度も三度も起きると溜まったもんじゃない。

「はあ…」

その日が終わってしまう頃には、疲れきって燃料切れになっちゃうのだ。

人間って本当に不思議なもので。こういうときはいつもよりも仕事が捗らなくて。残業することにもなってしまうのだ。

「お疲れ様でーす、お先に失礼します」
「あ、お疲れ様ですー…」

一人、二人と出社していく同僚達を羨ましく思いつつ、必死にデスクトップ画面と格闘する。
こういうときに甘い物の一つや二つあれば、少し気も紛れるのだが。
生憎財布を忘れた私は、それも出来ず自分の残された集中力と空腹に打ち勝たなければいけないのだ。

◆◆◆

「はあ〜…今日は本当に疲れた」

それから、やっとの思いで残業を終えとぼとぼと一人帰宅する。これで災難な一日から解放される。
帰ったらお風呂入って、ご飯食べて寝よう。
ああ、でも冷蔵庫の中空っぽだった。どうしよう、財布も無いし一回帰ってからまた出掛けなきゃ。
そういえば、洗濯物も溜まってるからそろそろ洗濯しないといけないよな。
ああ、もう。どうして寄りによって今日なんだろう。

やっぱり今日はツイてない。仕事終わってもこれだもの。はあ、と本日何度目か分からない溜め息をついたとき。
上着のポケットに入れていたスマートフォンがバイブ音を立てる。

「え…!」

確認してみると、遠距離恋愛中の恋人からの電話だった。普段は全く連絡なんて寄越してこないのになんで、すぐに画面をスライドさせて彼の電話に出る。

「もしもし、」
『もしもし、久しぶり』
「本当よ…!どうしたの、珍しいじゃない」

元々彼が転勤する前は、二人で同棲していたくらいお互いに上手くいっていた。けれど、彼が転勤してからは仕事が忙しいのかほとんど連絡が取れなくて。
久しぶりに聞く彼の懐かしい声に、モヤモヤとしていた感情が少し和らいだ。

『ねえ、まだ家に帰ってこれない?』
「え?今帰ってる途中だけど」
『それならさ、早く帰ってきてよ。実はさ俺―――』

彼からの言葉を聞いた途端、すぐに駆け出した。さっきまでは疲れきってとぼとぼと歩いていたというのに。

高いハイヒールが走りにくい。
それでも、自分の出せる最速のペースで町並みを駆け抜ける。

だって、

―――『俺、今家で待ってるから』


「ただいまっ!」

急いで鍵を開けると、それに気づいてこちらに顔を向けた彼に思い切り抱き付く。彼はいきなり抱きついてきた私を上手く受け取めきれず蹌踉めいて。
結局尻もちをついて、一緒に私も彼の上へ転げ落ちてしまった。

「…ったく、いきなり抱きつくなよ」

「だって、待ってるって聞いて嬉しかったんだもん」

ツイてない今日の終わりに、まさか大好きな大好きな貴方に会えると思っていなかったから。
今日1日分の不幸が全て吹っ飛んでしまうような幸せに、にやけ顔が収まらない。
ただ嬉しくって嬉しくって、彼の温かい胸に顔を埋めた。

「しょうがない奴だなあ…」
「へへっ、明日は休日だし買い物に出掛けようよ」
「…そうだな。明日は新しい靴でも買いに出掛けようか」

突然具体的な予定を話し始める彼を不思議に思って、思わず顔を見上げる。彼の視線の先を辿っていくと、あ、と声を漏らす。

「あれじゃあ仕事の時困るだろ」
「本当ね、気付かなかった」
「相変わらず、ドジだな」

2人で笑い合う視線の先には




脱ぎ捨てたヒールのかかとがかけていた。


#字書きアンケお題