摩天楼が伏魔殿

轟音がしたと思えば足元がおぼつかない程にエレベーターが揺れた。煌々と明るくエレベーター内を照らしていた室内灯は消え、暗闇に飲まれた。上階で爆発が起きたのか、と冷静に考えた。幸いこのエレベーターには俺以外誰もいない。殺される心配はなかった。暗闇に慣れてきて壁に取り付けられた緊急時用のボタンがあるのがぼんやりわかった。押したところで自分の居場所を教えているようなものだ。助けに来てくれるのが黒牙會の者だという可能性は果たしてどれくらいなのだろうか。
「紅灯商会の奴らが来たら面倒やしなあ」
はあ、と溜息をついた。暗い箱の中で先日、組の奴らと観たホラー映画を思い出した。都市伝説をメインに作られたもので舞台はマンションのエレベーターである。エレベーターの階数ボタンを一定の法則で押していくと女が乗り込んでくるという都市伝説だ。オチは怖くて覚えていないが、同じエレベーターということでぞわぞわと背筋が粟立った。
「いやいや……ほらここ摩天楼やし……マンションちゃうし……」
がくりと膝が落ちた。轟音と共にまたエレベーターが揺れた。電灯はつかないままだった。少し雑音がした。上階の奴らが暴れ回っている音だろうか。暗い箱の中には自分しかいない筈なのに、映画を思い出しては誰かがいるような気がしてたまらなかった。何かに見られているような気がする。思い過ごしの筈なのに、自分の心音がやけに響いた。
「……もう!! いやや!! なんで閉じ込められなあかんねん!! クソダラ!!」
怖くて切れだしてガンガンと扉を蹴った。硬く分厚い扉は蹴ったところで開くはずもない。軽く狂乱していた。エレベーターの扉は開き戸ではない。それすら恐怖でわからなくなっていた。
「出せクソボケェ!! もう無理や! 暗いし! 怖いってぇ!」
泣きそう、と呟くと床に座り込んだ。もう死ぬんかなぁ、彼女ほしかったなぁと考えていた。ぐらぐらと足元がまた揺れた。

ガン! と音がした。ギギギとこじ開けられたドアの隙間から電光が差し込んだ。眩しくて目を細める。電光を背にするシルエットには見覚えがあった。
「あ? なんや、博臣か」
見覚えのあるシルエットから聞き覚えのある声がした。この声は。
「鶯さんや!! 助けてくれたん!? もう! 好き! 抱いて!」
「うわっ! 抱きつくなや! 早よ逃げんか!」
「鶯さんも一緒逃げよ」
「お前と逃げたら俺を盾にするやろ、そんなんかなわんわ。ほら、早よ行け」
トン、と肩を押された。そっちの階段はまだ生きとるやろ、と階段の方を指差して鶯さんが言った。上の方からの断末魔が時折聞こえてきた。エレベーターが止まってしまった今、残るはこの薄気味悪い階段のみだった。
「しゃあないかあ……」
「下で待っとれ」
「ずーっと待っとくから早よ来てね!」
「はいはい」
鶯さんに手を振って、また落ち合う約束をして別れた。階段は下に行くに連れて静まりかえっていった。煌びやかな摩天楼は薄気味悪い伏魔殿と化していったようだ。途中で何体か死体を見つけた。次は我が身や、と気を引き締めて階段を降りた。

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