階下にて

ドアを開けると凄惨たる光景が広がっていた。
「え? 何あれ……ヘリコプター?」
ヘリコプターのテールブームから後ろがガラスを突き破ってこちらに顔をのぞかせていた。ブスブスと音がしていた。下手したら爆発するかもしれない。割れたガラスとの隙間から吹く風が冷たかった。
「これも紅灯商会のヘリだったりするんか? 金持ちやな!!」
少し近寄ってみるとヘリコプターの本体部分から先が上階に突っ込んだ勢いで、テールブームから翼端板までが下階の壁面にぶち当たったとわかった。塗装してある言葉を読み取ると大阪放送のヘリのようだ。
「なんや大阪放送もアホやなぁ……南無南無」
とりあえず合掌をして、そそくさと階段へ向かい階下へ降りていく。数階降りると上の方から爆発音がした。摩天楼自体が少し揺れた。パラパラと砂埃が落ちてきた。
「この音……いやまさかなぁ、はは……」
そそくさと階下へ降りて良かった。あそこで記念に写真撮影☆とかやっていたら爆発に巻き込まれていたかもしれない。命がいくつあっても足りない気がした。早く地上に降りたかった。チラホラと肉片や血痕があるのは気のせいだろうか。階下へ行くほど化け物がいる気がしてならなかった。


「Hi! アンタ、黒牙會の奴だね」
オフィスフロアの方からの女の声に足を止めた。俺のことかと声の方に顔を上げた。綺麗な金髪の女がこちらに歩み寄ってきていた。その女の明らかに普通の女とは違うところは、その体格だった。バッキバキに8つに割れた腹筋と、蹴られたら確実に内臓破裂を起こすであろう太さの足、極めつけは男の俺を軽く見下ろしてしまう程の身長だ。綺麗な女だと思う。だがこの威圧感は女じゃない。人を咬み殺したくてたまらないケダモノのようだ。ああ、ここで俺は怪我をして、下手したら死ぬんやろなと思った。
「何、ぼんやりしてんだい? さぁ、殺り合おう、よっ!」
女が言いながら殴りかかってきた右手を間一髪で避けた。女は楽しそうに笑っていた。
「なよっちいと思ったけど、意外と動けんだねえ」
「デカブツは動きがとろいもんなぁ、痩せたらええんやない」
挑発に女は舌打ちと回し蹴りを返してきた。イラついたせいか大振りで雑だ。逃げるように避けてまた挑発してみた。
「痩せたら可愛いやろ、抱いてやってもええのに」
「アンタなんかので満足させれるとでも?」
「やってみらんとわからんで」
ノリは良いようだ。先程は愉悦の笑みだったが、今は苛立ち混じりの笑みに変わっていた。最初の一発より怒りのせいか拳が重く空を切った。多分、今殴られたら骨折れる。

逃げては追われ、追われては逃げを繰り返しては壁に追い詰められていた。
「ありゃ」
「は、何も考えずに、逃げてるからだよ!」
振り落とされた拳でこめかみを強かに殴りつけられた。視界が揺れる。床がふわふわと波打った。こいつバケモンか。足元が覚束なくなったところを女が胸倉を掴んで俺の身体を持ち上げた。
「やっと一発、だ。アンタは何発耐えられるかな?」
にい、と笑ってもう一度こめかみを殴る。頭蓋骨が割れるんやないのと痛みの中で思った。痛い痛い意味わからん。次いで女は俺をポイと投げ捨て、鳩尾に右膝を打ち込んだ。込み上げる胃液を歯を食いしばって飲み込んだ。酸っぱい味が口に広がって余計に気持ちが悪かった。蹴られた場所が凹んだんじゃないかと右手で触ると熱く熱を持っていた。まだ折れてはいないようだ。呼吸はできる。床に倒れ蹲る俺に女が笑って言った。
「吐いちゃえば楽だぜ? ほら」
何回も爪先が腹部にめり込む。その度に吐きそうになった。女が楽しそうに笑った。蹴ろうと足を引いたのを見計らって横に転がって避けた。腹を蹴られている間に平衡感覚が戻った。痛むのは腹だけだ。壁伝いに立ち上がると女は口角を吊り上げた。
「動けたか。多少頑丈みたいだね? 次はもっと体重乗せてやんよ」
足が振り下ろされる。視界が暗転した。


- 9 -
PREV | BACK | NEXT



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -