透明なグラスにて隠蔽





コンコンとノックすると、ドアの向こうから返事が返ってきた

「失礼します、ああ、ゼノさんお一人ですか」

ドアを開けると、部屋にはゼノさんしか居なかった
1人プリンを食べているゼノさん
あれは駄菓子屋に最近入荷したやつだなぁ
ほぼ毎日入り浸っている駄菓子屋の品揃えは殆ど把握している
もはや駄菓子屋の域を超えて、和菓子や半生洋菓子もちらほらと置いている幼馴染の店を思い出した

「あー、それ、美味しいですか?新しいやつでしょう?」
「よく知ってるな」

珍しい、と言いそうな表情でゼノさんは俺を見た
まぁ、甘いもの好きな方ですし、と返し、手に持った書類をゼノさんの机の上にぽすりと置いた

「この間の漏斗の、お兄さんの書類です。報告書一応書いてきたんで、ゼノさんに確認してほしくて」

へら、と笑いそう言えば、ゼノさんは分かった、と言い書類に目をやった
プリンを遠くに置くと、ガサガサと書類を見始める
その間は暇なのでコーヒーを勝手にいただくことにした

「ゼノさーん、コーヒー勝手にもらいますねー」
「ああ」

了承を得て棚に綺麗に置かれたグラスに手を伸ばす。
猫舌だからあまり熱いものは飲みたくないので、アイスコーヒーにしよう
シロップもミルクも、まぁいらないか
ゴソゴソとアイスコーヒーを作っていく
ゼノさんは気にせず書類を読んでいる
いつもぼんやりしたゼノさんだが、この間の尋問の時はなんというか冷たい人だと感じた
ゼノさんが意地の悪いだとか、薄情だとか、そういう意味ではなく、言葉通り、冷たい、と思った
ゆるりと首に絡みついた蛇のような
ひんやりとした爬虫類特有の体温とぬるりとした感触が俺の首を襲った
ぶるりと首をふり、錯覚をとばす
あの兄さんもゼノさんのことを、いい人だと錯覚したのだろうな
身の内に冷たい蛇を飼う男であるのにも関わらず

「ああ、ゼノさん、そういえばここ抜けてるんすよ。なんでしたっけ?」

書類の不備を思い出し、ゼノさんが持つ書類を指差した

「ん?ああ、なんだったかな……」
「なんでしたっけねー。噎せてたからあんま聞き取れてないんですよー」

2人でううむと頭をひねる
あれだったか、いやそれじゃない、ではなんだ
思い出そうと2人で掛け合う
カラリ、机に置いたアイスコーヒーの氷が溶けた音がした

「覚えてないっすね、2人とも」
「そうだな……」

バサバサと書類を見比べて思い出そうとするゼノさん

コンコンとノックが鳴った
ガチャリと開けられたドアから赤い髪がひょっこり顔を出した

「あれ?なんでチェルヴィがいるんだ」
「ラムさんだー。いやぁ、ゼノさんに書類を確認してもらいたくてですね」

ふうん、と興味なさげに返すラムさん
ゼノさんを見やると書類を纏めている
おや、と思い、目だけでゼノさんとラムさんを交互に見た
まだ書類も全て確認してはいないだろうに、持ってきたクリアファイルに綴じようとしている
あまり知られたくないことか
まぁラムさんはそういうの苦手そうだしな、よく知らないけど
また日を改めよう、と考えた時に、ラムさんが問いかけてきた

「何の書類だよ?」

まさか、このタイミングで
書類が綺麗に綴じられたクリアファイルをぎゅっと握るゼノさんを見たら、何と答えてよいのか言葉に詰まった
正直に話してよいものか

ラムさんがこちらに近寄ってくる

「たいした書類じゃないですよ」

笑って言ってもラムさんは不満気な顔を向けるだけだった
誰か助けろ
当のゼノさんはクリアファイルを握りしめてぼんやりしている
おい、どういうことだ
仕方ない

スッと机に手を滑らせた
不意を装ってグラスを床に落とした

ぱりん
ぱしゃり

グラスが割れる乾いた音と、床に広がるアイスコーヒーの音がした

「わ、すみません!グラス割っちゃった!」

我ながら薄ら寒い演技をしたものだ
膝をおり、割れたグラスを集めようとした

「何やってんだよチェルヴィ!怪我するから、貸せよ」

割れたグラスにラムさんの意識が集中する
ごめんなさい、と謝りながら2人でグラスを集めた
ゼノさんはその間に書類をさっと机の引き出しにしまった


グラスを集め終え、溢したアイスコーヒーの後処理をした時には、どうやらラムさんは書類のことを忘れたようだ
俺を指差し、机の隅にグラスは置くなよ!お前そそっかしいんだから!と言った
濡れ衣な気もするが、まぁいいか

はぁいと返して、部屋を後にした
書類は後日受け取ろう
なんだか少し気を張った気がする

ふらふらと歩いた先は食堂
まだら君になんか作ってもらおうか、ぼんやり思いながら、先程の2人のことに考えをめぐらせた






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