Novel




トントン拍子に軍へ入ることが決まった。
軍入りを家族に報告すれば、みんな喜びと驚きをないまぜにしたような顔をした。
幼馴染−−ヴィルジリオの父親に言われたからと話せば、母は世話焼きなあの人らしいわねと笑った。
突然の報告でも、母はお祝いのごちそうを作ってくれて、義父は腕時計をくれた。
お守りと、就職祝いだと言った。
冷たく光る銀色に黒の文字盤がよく映えた時計だ。
腕につければずしりと重みを感じた。
ありがとうと笑えば、義父は照れ臭そうに笑った。





住み慣れた我が家で過ごすのも、今日が最後だ。
大体の荷物は既に纏めて送った。
荷造りや書類書きがやっと終わり、ぼふりとベッドに投げ出した身体がずぶずぶと疲労で沈み込んだ気がした。
明日からは軍の寮での生活だ。
馴染めるといいなぁ。
ぼんやりと思っていると、部屋のドアが数回ノックされる。
返事も待たずにがちゃりとドアを開けたのは妹のネルケだ。
何やら不機嫌そうに顔をしかめている。
後ろ手にドアを閉め、腰に両手を当てて威嚇してくるネルケに、どうしたのと問う。

「どうしたのじゃないわよ。どうしていきなり軍なんかに入るの」
「定職につけって、ヴィルの親父が言ったからかな?」
「どうして、お義父さんには何も話さなかったくせに」
「俺の穀潰しっぷりに、親父が呆れて言ってきたからだよ。俺から言い出した訳じゃないし、義父さんに何かあるわけじゃない」

そう言えば、ギリギリという音が聞こえてきそうな程にネルケは唇を噛んだ。
腰に当てた両手は今では拳を握っている。
俺の反応が気に食わないようだ。

「お義父さんのこと……、嫌いなの」
「だから、何回も言ってるだろ、普通に好きだよ」
「だって、未だに名前……」


ネルケは家族という輪を大切にする子だ。
義父も母も半分しか血が繋がらないとしても弟のユニだって、大事で大切な家族としてネルケは愛している。
だから母の再婚と同時にエッフェミナートに姓をうつした。
それがネルケの家族という輪を大事にする気持ちの表れだったのだ。
だが俺はそうじゃない。
もちろん、家族は皆愛している。義父のことだって好きだ。
むしろ子供2人を抱える母さんを選んでくれてとても感謝している。
しかしフェリーノを名乗るのはやめない。
ネルケはそれが気に食わないのだ。
たかがひとつの姓にネルケは囚われている(まぁ、それは俺にも言えることだが)。


「名前は気にするなよ。嫌いだからうつさない訳じゃないんだから」
「でも、お義父さん、それを気にしてるんだよ」


たかがひとつの姓に囚われているのは義父もだった。
いつまでもフェリーノを名乗る俺に嫌われているのだと、ややネガティブ思考の義父はそう思っていた。
そうやって義父を悩ませることも、ネルケの癇に障ることだった。

「嫌いだなんて態度に出してるつもりはないんだけどなぁ。どうしたらうまく伝わるかね?」
「苗字変えなさいよ」
「それ以外で」

ああだこうだと押し問答が始まる気がしたので、はいはいと受け流しながら、ドアへとネルケを押しやる。

「ちょっと! 話終わってないんだから!」

吠えるネルケをそのままドアの外へと追い出して、じゃあおやすみと声をかけてドアを閉めた。
ドアの向こう側から「お兄ちゃんのバカ!ハゲ!」と言うネルケの言葉が聞こえた。
それを終わりに、ネルケはどうやら諦めたようで、トントンと階段を下りる足音が遠くに聞こえた。

ベッドに潜り込むとゆるゆると瞼が重くなった。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -