Novel


幼馴染の父親の言葉が始まりである。

「お前、軍に入ればいいんじゃないか」

何をするでもなく、日雇いの仕事をふらふらやりこなし、日々を過ごしていた俺に、幼馴染の父親が言った。
汗だくの額にタオルを押し当てながら、父親が言う。

「どうせ暇なんだろう。穀潰しめ」

そう言ってぐりぐりと俺の腹に拳骨を押し当ててくる。ごつごつとした武骨な手だ。
こんな手が繊細な飴細工だとか、ふわふわのシフォンケーキを作るなんて想像もできないだろう。しかしこの父親はパティシエである。
小さなケーキ屋ではあるがそれなりに繁盛しているようで、幼馴染はたまに店の売り子を手伝わされていた。
店の裏の勝手口にもたれかかり、呆れたように見つめる父親から目を背けた。

「一応小遣い稼ぎはしてるよ」
「小遣い稼ぎより定職につきな。無駄に運動神経いいんだから、それを使えるような職についたらどうだ」
「だからって軍かよ。給料次第だなあ」
「しっかりしろよ、長男だろ」

そう言って俺より背が低いくせに手を伸ばし、びしりと俺の額にデコピンを一発食らわせると、がちゃりと勝手口を開けて、父親は店に入っていった。

−−長男。
長男ではあるが、なんとも複雑な気分である。
フェリーノの姓を名乗っているのは俺しかいない。
というのも、俺の父親は早々に他界し、母親も数年喪に伏したかと思えばさっさと再婚して、今では父親違いの弟が1人いる。
11歳も離れているからか、あまり俺にはなついてくれない。
俺の4つ下の妹にはべったりなようで、それが少し寂しくもあった。

妹は再婚時に姓もエッフェミナートに移した。
父親が特別好きだった訳ではないと思うが、なんとなく、フェリーノ以外の姓を名乗るのは気が進まなかった。
俺がエッフェミナートと名乗ったら、フェリーノが、俺の親父が生きていたという証が、なんだか無くなる気がした。
姓をそのままにしているせいで、母の再婚相手は今でも俺の顔色伺いばかりだ。
再婚相手に何も不満もないが、再婚相手はそうは思わないのだろう。
妹は再婚相手が好きなようだった。それ故、妹は姓を変えない俺を苦々しく思うようで、いちいち突っかかってきては諍いになる。
小さい頃は可愛い妹だったのに。


家に居場所がないと言えば嘘になる。
優しい母親に優しい義父、憎らしいけど可愛い妹とただただ可愛い弟。
けれど、妹からはやっかまれ、義父からは気を遣われ、弟からは怖がられるのが現実である。

『お前、軍に入ればいいんじゃないか』

先程の言葉を反芻する。
軍は確か寮があった筈だ。
少し家族と距離を置くのもいいかもしれない。

そう考えて、先日幼馴染の父親の店であるケーキ屋に軍の公募チラシがあったのを思い出す。
そうだ、とりあえずあれを見てみればいいのだ。
父親が入って行った勝手口をそろりと開けて、チラシを探した。




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