Novel



わたしにはもうこころにきめた人がいるの。あなたなんかじゃだめなのよ。

わたしのことをいちばんにあいしてくれる人がいいの。あなたよりもわたしをあいしてくれる人がいるの。

ああ、こんなおはなししてるばあいじゃないわ、−−がごはんつくってまってるから、じゃあね


じくりとした腹の痛みで目が覚める。
腹の痛みのせいか夢のせいか、汗が額を濡らしていた。
夢を見ていた。
幼い頃の夢。
当時好きだった女の子に、こっぴどく振られた時の夢。
散々年下であることを言われ、散々その子が好きだった男と比べられた時の夢。
悪夢である。

そうだ、あの頃はまだ、年下とかロリコンとかもなく、ただ純粋にあの子が好きだった。
今では考えられないが、その子は俺より年上だった。
その子に振られたおかげで、ロリコンになったのも多少あるが。
可愛い子だった。
ふわふわの、金髪の、おてんばな子だった。





悪夢のおかげで体が重い。
外の晴れ晴れとした天気と打って変わって、店内は俺のせいで少しどんよりとした雰囲気だ。
レジに突っ伏していると、従業員の花片さんに声をかけられた。

「今日は疲れてるみたいだねぇ」
「夢見が悪いんです……」
「ふぅん、なんかあったのかい」
「心当たりは特に……」

無理しなさんな、と花片さんが言った。
その言葉もすぐに思考の外へ追い出されていった。
ぐるぐると頭の中であの子の事ばかり考える。
あの子のせいで、ふわふわの金髪が嫌いになった。
ふわふわの、金髪が。
そう、こんなふうに、ふわふわして、日を受けてきらきらと光る金髪が。
どうやら悪夢は白昼夢にまで進んでしまったようだ。
ふわふわと揺れる金髪に内心舌打ちを返した。


「ねぇ、ちょっと。何、目を開けて寝てるのよ」

ハッと我に返ると、目の前のふわふわの金髪はどうやら白昼夢ではなく現実だったようだ。
訝しげに俺の顔を覗き込むビチクソ女、もといドロシアは口を開く。

「百合のビスコンティ、今日くるんでしょ?」
「ああ……、まだ出してない。ちょっと待って」

そう言って店の奥に行く俺の背に、ドロシアが「早くー」と声を投げた。




ビスコンティを山ほど買って帰るドロシアを見送った花片さんがくるりとこちらを向くと、机に頬杖をつく俺を笑った。

「夢見が悪いのはあの人のせいかい?」
「え、なんです、いきなり」
「さっき珍しく口汚かったからねぇ」
「ああ……もともと口は汚いほうですよ」
「子ども相手には優しいし、そっちしか知らなくてねぇ」

花片さんがクツクツと笑う。
余程ドロシアと言い合う俺がツボに入ったようだ。

「そんなに珍しいもんですかね」
「ん? ああ、ヴィルジリオがあんなに毛嫌いするというかねぇ、露骨に悪く言うこともあるんだと思ってさ」
「……、ムカつくんですよ、あのクソ女」
「ふぅん」
「それだけです」

花片さんは変わらずクツクツと笑っていた。
ああ、なんだかむしゃくしゃする。
ただただムカつくあの女に、夢のあの子を重ねてしまって、余計に腹が立った。

カランカランとまたドアが開く音がした。
入ってきたのは優しげな顔の男、イブだった。
今日はアリーチェが休みだから、一緒に過ごしているんだろうと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。
1人で店に来たようだ。

「何しにきたの」
「暇だったから、遊びに」
「アリーチェにふられたのか」
「はは、お前じゃねえんだから。他の人と会ってたけど、急用でふられたんだよ」
「女好きは死んでしまえ」

女遊びが激しいイブに毒を吐く。
その毒を気にせず受け流したイブはレジ内に入ってきては勝手に椅子に座った。
伝票を渡すとペラペラと捲りながら、伝票整理をしていくイブ。
いつも遊びにきたと言っては仕事を手伝ってくれている。
素直じゃないのか、本当に遊び感覚なのか、よく分からない。

「あれ? なに、百合のビスコンティはまた品切れ?」
「ああ……、バカみたいに大量に買っていくのがいるんだよ」
「ふうん。珍しいな、客を悪い言い方するの」

イブの指摘に口ごもった。
舌打ちをする。

「好きじゃない奴なの?」
「好きとかそんなんじゃない……、ムカついて仕方ないんだ……」
「それこそ珍しいな。どんな奴?」
「女……、俺を蹴った女だよ……」
「へぇ、あのロリか」
「ロリじゃない!! あれはビチクソだ!!」

叫んでから、ハッと我に返った。
珍しく声を荒げた俺に、イブは目を見開いて驚いている。
店の奥で作業していた花片さんが、どうしたんだ?と顔を出した。

「あ……、ごめん」

花片さんにも謝ると、花片さんはまた笑って奥に引っ込んだ。

「お前が女をそこまで嫌うなんて珍しいな。振られても思い続けるような奴なのに」
「あの子とビチクソを一緒にすんな」

そうだ。一緒にしてしまうから腹がたつんだ。
可愛いあの子とクソみたいなあの女。
ああ、なんだか、割り切れそうだ。
あの子とクソ女は違う。
そうだ。違う生き物だ。

「そのビチクソのどこが嫌なの?」
「可愛い見た目の癖にババアでぎゃあぎゃあうるさいところ。娘一筋かと思ったら男を取っ替え引っ換えしているようなビチクソ」
「なに、取っ替え引っ換えって」
「娘のために父親が欲しいんだと」
「それは良い人なんじゃないの」
「は!! なんでそんな……」

良い人?
良い人なのか?
娘と本物の家族になる為に、男を取っ替え引っ換えが?
あれ?
でも目的は娘の為なんだから、良い人なのか?

言葉を止めた俺の顔の前で手をひらひらとさせるイブに、分からないと返す。
呆れたようにため息を吐きながら、イブが笑って言う。

「娘一筋だと思って好印象持ってたら、男を取っ替え引っ換えしてるのを知って凹んだの?」

ぐさり。
心に刺さったような気がした。
耳が熱くなっていくのが分かった。
目の前のイブが目を見開いて驚いている。

「まさか、冗談だったんだけど、本当に凹んでんのか」



イブの言葉に余計に耳が熱を持った。



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