「絶対にありえない、なんてことはありえない」



そう人間の中では言い伝えられてきた
事実、この世には首の無い首なしライダーと呼ばれる生き物も存在するし、
あの、何者かが持ち上げれるとは到底思えない【自動販売機】を、
軽々と持ち上げ、挙句の果てにそれを投げ飛ばすような、
そんな人間離れしすぎている人間も存在しているわけである

それだから、この世は実に複雑怪奇。

だからこそこの世の中は、
観察し甲斐のある愉快で滑稽な生き物、出来事で溢れ返るわけだ

そして、そんな観察対象の一つが今まさに目の前に存在する訳だが…


「臨也…マァはまだ帰ってこないのか?」


しかし、この目の前の物体に関してだけは、俺も降参ポーズを取らざるを得ない


「何度も言うようだけど、彼女は今日、夜まで帰ってこないって言ったよね?」


「オイラだってそれは分かってるゾ。でも…」


「分かってるなら静かにしててもらえないかな?はっきり言って仕事の邪魔だ」


「ふんっ…マァがなんでこんな奴のこと好きなのか全然分かんないんだゾ…」


小さく呟いたつもりのようだけど、
しっかり俺の耳には届いてるってことに気づいてないだろ?この狐はっ…
こういうときに意思の疎通ができる存在は鬱陶しいの一言に尽きる

俺の目の前に存在し、
テレパシーと呼ばれる能力で意思の疎通を図るこの生き物は、
見た目は黒い不恰好な狐
けれど、この世には存在しないものだと俺は認識していた

ある日、彼女がこいつを連れてくるまでは…



***



彼女が散歩してくると出掛けて暫く経った時間帯
俺は相変わらずパソコンに向かって仕事を続けていた

彼女というのは、
俺と同棲をする、高校時代から付き合いを続ける存在
気兼ねなく過ごす事ができ、唯一安心して身を任せることができる存在
他の人間に対する愛しいという思いとは別に愛しいと感じる存在
そんな存在と過ごす日常は俺にとってささやかな時間であった

俺らしくもないとは思うが…

けれどそんな時間も、その瞬間から何かが変わってしまったのかも知れない


何それ?


思わず俺は、帰ってきた彼女に向かいそう問いかけた
いつもと変わらぬ彼女の腕にはいつもは存在しないその存在

どこかで見たことがある

そう思った。けれどそれは決してないと思いつつもその思いは隠せない


「何って…ゾロアだよ?あの有名なポケモンの…」


当然かのように答えた彼女に詳しく聞き込みを続けると、
知らない人間に半ば強引にこいつを押し付けられたというのが事実らしい

それからこいつがテレパシーという能力を使って、
言葉を話すことを知った彼女のことだ
きっと同情でもして連れてきてしまったんだろう

大きなため息を吐く
きっと、面倒ごとに巻き込まれない為にもこいつはどこかにやったほうがいいんだろう
でもそれによって、
今彼女がこいつと一緒にいて作る笑顔が消えると思うと
なんともやりきれない気持ちになる

どうせ、俺は首だって隠し持ってる
面倒ごとの一つや二つは大して変わらないだろう
それに面倒ごとが面白い事件に発展するというならば
こいつをここに置いておくのも悪くない



***



そんな風に思っていたのだが…


「なァ、臨也はマァのどこを好きになったんだ?」


さっきまで彼女が居なくて寂しがってたと思えば
もう気が動いたようで、次は俺に絡む
身を机に乗り出して問いかけるこいつに、もう仕事どころではない


「あのねぇ…」


「でもオイラ、臨也の良さはまったく分からないけど、マァの良さはいくらでも知ってるゾ」



マァはオイラにやさしさをくれるだろ?
そしてあたたかさをくれるだろ?
頭撫でてくれるだろ?
抱っこしてくれるだろ?


あとあと…


太陽みたいなんだ、マァは



「そんなこと…彼女のことなら俺はいくらでも知ってる」


「オイラはマァが大好きだゾ。けど、臨也もマァが大好きなんだな」


「何言ってるの?」


「そうだゾ。臨也はマァと一緒に居るとあったかい顔になるんだゾ
さっき、マァが臨也を好きな気持ちはまったく分からないって言ったけど、
本当は分かるゾ。
マァはあのあったかい臨也の顔が好きなんだゾ。きっと…
そんな臨也の顔はオイラも好きだゾ。
だから、これからもいっぱいマァと仲良くなって少しでもその顔を見せて欲しいゾ」


「………」



分かり合えないと思っていた存在がある


そいつは俺の大事な人間ををあっという間に笑顔にするし、
最近は一番近くに居る
俺の方がずっと一緒に居るのに、
最近、俺と話す時があってもそいつの話ばっかり


はァ…馬鹿だな。俺は


醜い嫉妬をしてたならこれほど恥ずかしいことはない
こいつはこんなにも俺と彼女を見ていたのに…



「ゾロア、フレンチトーストぐらいなら作ってあげるよ」


「臨也が作ってくれるのかっ!食べるゾ…ってあれ?臨也…今オイラのことゾロアって名前で呼んでくれたんだゾ。初めてだゾ」


そんな、そんなきっかけが俺とゾロアには必要で
たった一言、言えればよかった
その一言をようやく言えた
これ以上俺の醜態を晒すなんてことはしたくないけど、
でも、彼女とゾロアの前でくらいはこんな俺もいいだろう


そんなことを頭の端で考えながら、台所へと向かう


ちょこちょこと俺について来るゾロアと一緒に食べたフレンチトーストは、
何故だか何時も違う味がしたような気がした



本当はオイラ、マァは勿論、臨也のことも大好きだゾ?
だから、これからもオイラのお母さんとお父さんで居て欲しいゾ




テレパシーを使わなかったゾロアの言葉は、彼に届くことは無く
静かに一匹の胸の中でだけ響いた



「ただいま」



そして、帰ってきた彼女の一言で、一つの家族の形が始まる




非日常を謳歌せよ




(マァっ、臨也っ、早く来るんだゾっ)
(早いよっ、ゾロア。ねぇ?臨也)
(まったく…元気ありすぎるのも問題だよね)




笑顔の溢れる家族が其処に




――――――――――――
企画サイト「怪獣と君」様に提出
ポケモンとのコラボ企画とか素敵過ぎますが、
臨也が似非です。すみません。でもこんな家族もいいと思う!





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