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俺達が選んだヘアゴムをあんずに渡したところとても喜んでもらえた。あんずも表情が読みにくくわかりずらいところはあるがここまで困難を乗り越えた仲だ。喜んでいることぐらいなら分かる。ほんの少し輝いた瞳に俺たち4人はほっとした。

「さっそく名字に報告しよう。」

北斗が携帯を取り出しなんだかんだと文字を打っている間にあんずは他のユニットの練習へと向かっていった。

「てゆうか、北斗。連絡先交換するぐらい名字の事気に入ったのか?」

「…気に入った?いや、話していて気が楽だったので今後の人脈として連絡先を交換できたらと声をかけただけだ。」

「いやそれは気に入ったんだろ…。」

未だに意味が分からなそうに顎に手を当てて俺を見ている北斗にいい!いい!と片手を振った。北斗の事だから恋愛感情とかは無いだろうけど説明をするのも面倒だ。
ふとこの間の休日を思い出す。名字も綺麗な方だから北斗と並ぶとお似合いだったなあ。北斗もいきいきしていたしなんだかんだ話が合うのだろう。

「さあ、練習しよう。」

連絡を終えた北斗がそう言ったので俺たちはストレッチを始めた。


* * *

氷鷹くんから連絡を受けた私はよかった、と息を吐いた。少しでも関わった他人へのプレゼントが失敗でした!となるのは申し訳なかったしあれだけ真剣に悩んでいたのを見ていたので彼らが渡したものを喜んで貰えたなら純粋に良かった。いい事をしたのかもしれないと柄にもなく気持ちがふわふわする。

その数日後、私はハッとした。

「( 朔間先輩に連絡しなきゃ )」

いつ約束を守ってくれるのか。回答を頂かないと。連絡すると先輩は 今日の夜においで と返事をくれた。今日譜面持ってきていたっけかと鞄を見ればちゃんと楽譜を持ってきていたのでそのまま行くことにした。
先生のいう感情を乗せたピアノがどういうものか先輩のピアノを聴いて分かればいいな、と窓の外を眺める。



放課後、私は足早に学校を出る。朔間先輩の指定してきた炭酸水を購入すると袋を断って鞄に詰める。
先輩に連絡したところ帰っている途中との事で先輩の家の前で集合になった。私は既に先輩の家の前に居て塀に寄りかかって先輩を待つことにした。

「あ。」

声の方を見れば目を真ん丸にした衣更くんが何かを背負って立っている。

「衣更くん、こんにちは。」

背負っているものはどうやら先輩のようだ。

「衣更くんは大変そうね。」

「ま〜くんは俺のお世話をしないと死んじゃうから大変じゃないんだよ、なまえ。」

衣更くんに話しかけたはずなのに朔間先輩の声がした。衣更くんがぎょ、とした顔をすると肩越しに振り返る。

「凛月!起きてるなら自分で歩けよな…!」

「ふふふ、ま〜くんご苦労であった。」

衣更くんはまったくだなんてぼやくけどあんまり怒ってはなさそうだった。仲が良いんだなあ。
そのまま衣更くんが玄関を開けてくれたので私は中に入った。先輩に炭酸水を渡す。キャップを開けながら先輩が私に問いかけた。

「で、何弾けばいいの?」

「……、」

鞄から譜面を取り出すと先輩に無言で渡す。先輩は譜面を見たあと私と見比べて意地悪そうに笑った。絶対にそういう反応されると覚悟はしていたが私は内心げんなりする。

「へえ、セレナードねえ。」

「……先生が次の発表会の曲に選んでくれたんですけど感情の表現の仕方がよく分かっていないみたいで機械的だと言われるんです。ちゃんと譜面通りに強弱も付けてはいるんですけど…。」

私が話している途中で見て見てと衣更くんに譜面を渡す先輩。

「あの、朔間先輩?私、真剣なんですけど。」

私は腕を組むと先輩を見据えた。

「ごめんね。怒らないでよ、なまえ。」

「俺、見せられてもわかんないんだけど…。」

先輩は、そっか〜と衣更くんから譜面を受け取りぱらぱらと捲る。

「セレナードっていうのはね、18世紀頃に作られた音楽の形式で、元々は女性の部屋の窓辺で恋人がうたう歌のことだよ、ま〜くん。わかりやすく言えばラブソングみたいなものかな。
情緒が重要な曲程 なまえは苦手だもんね。へえ、なるほど。」

衣更くんがふうんと呟いた。

「俺ならなまえにはソナチネとか月光をオススメするかなあ。技術でぶん殴るみたいな曲はよく指が動くもんね。…それにしても、よりによってなまえにセレナードって。ふふ、先生はユーモアがあるねえ。」

「……ええと、それって名字が弾いたらおかしいのか…?」

「おかしいんだよ、衣更くん。」

腑に落ちない表情で私を見ると先輩の肩越しに譜面を見る。少しでも恋愛だとか心情の絡む曲は苦手だ。いくら譜面通りにやっても足りない足りないと言われるのだ。

「とりあえずちょっと譜読みしていい?」

先輩が黙々と視線を動かし始めてしまったので私と衣更くんは手持ち無沙汰になってしまった。ばち、と目が合うと衣更くんは静かにこちらにやってくる。

「凛月がピアノを頼まれて弾くだなんて珍しいよな。」

「……そうだね。」

あなた達のお買い物に付き合ったことと引き換えだなんて言って気分を害されるのは嫌だな、と思った私はとりあえずこの事は黙っておこうと視線を逸らした。

「セレナードって言葉がなんか綺麗だな。初めて聞いたかも。」

「…そうかな。私はそう思わないけど…。」

言ってからしまったと思った。同調しておけば角が立たなかったかもしれない。ちらりと衣更くんを見ればさして気にしていないようで携帯をいじっていた。
それを見てほんの少しだけ安心する。私は言葉を選ぶのが下手でオマケに会話が上手な方ではないので度々人とうまくいかなくなることがある。私が無意識に発してしまう言葉は人を傷つけることだってあるんだ。ゆっくり深呼吸をすると気をつけないと、と目を伏せた。