03
名字からの連絡は味気がないというか女子ってもう少し絵文字とか使うものではないのだろうか。いや、別に人それぞれだとは思うけど…。
「サリ〜!例の子、いつ頃予定空いてるって?」
「バイトしてるっぽいから時間は限られるかもしれないけど合わせようと思えば合わせられるらしいぜ。」
俺たちは放課後レッスンがない時は部活があったりするし合わせてもらえるなら土曜や、日曜がいいかもしれない。
もう一度そっけない文面を眺めながらこの淡白な感じが凛月にハマったのかな、と考える。あんまり騒がしいのはあいつ嫌いだもんなあ。
土日は午前なら空いているそうだが午後はバイトがあるらしくそこで良ければとのことだった。幸い俺たち4人は予定を空けられそうで次の休日に駅前に集合という話になる。
「( って言ってもなあ。)」
正直名字とは話したことがあるかもしれない、程度の仲だ。場が持つかが心配なところである。まあ、こちらにはスバルというコミュニケーション能力に異常に長けている奴がいるしなんとかなるだろう。
次の休日はやや憂鬱だ。
衣更くんとまだ会ったことも無い人達との予定はすんなり決まった。午前中にさっさと終わらせてしまおう。もちろんバイトもあるが祖父の経営しているミュージックカフェのアルバイトだ。融通はきく。
「……、はあ。」
次の休日は少しだけ憂鬱だ。
衣更くんの周りにいる人達は賑やかな人が多かった。きっとそれは今も変わらないだろう。それを思うとやはりため息が出る。でも、それを越えれば朔間先輩のピアノというご褒美がある。なんとか乗り切らなければ。
そもそもプレゼントってそんなに悩むもの?人から貰えるものってなんでも嬉しいはずじゃないの?私はおじいちゃんからの贈り物はなんでも嬉しい。わざわざ同い年の女の子連れて考えるものじゃないとおもうんだけどなあ。
「( それだけその子が大事 …ってことなのかなあ。)」
身近にそんなふうに思える他人がいる事がすごい。彼らは青春を謳歌している。アイドルをして大切な女の子がいてキラキラとファンに囲まれている。私には到底縁のない話だった。
私が衣更くんを苦手だと感じる理由はもうひとつある。私の姉に似ているのだ。私の姉は私と違ってキラキラしていた。友達も多かったし私の年の頃には彼氏もいた。一般的な高校生だった。もう既に家を出て立派に働いているので今の暮らしぶりは詳しくは分からない。姉が居なくなってからうちはとても寂しくなった、と思う。両親はきっと姉と私を比べて私が高校生として出来損ないであることを理解している。興味があるのはピアノだけ。私がちょっとだけ人と違うのかもしれないと思い知ったのは姉がいたからだ。きっと私は自然と人が集まる衣更くんと姉を本能的に重ねているのだと思う。だから他の人よりもずっと苦手を感じる。
「( 自分のめんどくささがめんどくさい )」
天から与えられしこの性格の矯正は難しそうである。
予定の日になると私は憂鬱を極めていた。外に出たくない。仕方なしに最低限の身支度を整えると家を出た。ああもう太陽すらも憎らしい。
駅前の大きな広場で待ち合わせをしていたので適当にベンチに腰掛ける。持ってきていた本を開くと衣更くんからの連絡を待った。
しばらくして携帯が震えた。着信だった。電話に出ながら視線を上げると丁度騒がしそうな4人組が広場に入ってきたところだった。
「名字、ごめん!遅れたわ。どこいる?」
「目の前に。」
本をしまって立ち上がると軽く手を挙げた。あ、と衣更くんが声を漏らしたので電話を切ると4人に向かって歩みを進めた。
「おはよう、衣更くん。」
「あー、うん。おはよう。久しぶりだ、な?」
そうだね、と相槌を打ってから他の3人にも視線を送る。
「はじめまして。名字なまえです。今日は微力ではありますが役に立てたらと思いますのでよろしくお願いします。」
するとオレンジの髪の男の子がかたい!と悲鳴を上げた。明星スバルくんというらしい。もう話さなくても分かる。きっときらきらした騒がしい人。順に名前を聞いていく。多分覚えた、と思う。
「名字、休日のところすまない。」
氷鷹くんは珍しく波長が合うような気がする。騒がしくない。落ち着いている。
「いえ、とんでもないです。ところで皆さんどんなものをお探しなんですか?」
「貰って嬉しくて気軽に受け取ってもらえる軽いものがいいのでは、と話をまとめてきた。」
「同級生同士ですからね。あまり高価なものは気を使います。ううん、そこまで分かっているなら私は要らなかったのでは…。」
「いや、この4人では結論は出せないと思う。名字が今日来てくれて助かった。ありがとう。」
いい人だ、というのが氷鷹くんの印象だった。聞くところによるとこの4人は同じユニットの仲間で氷鷹くんはリーダーらしい。納得だ。
「ホッケ〜ったらいっつも堅苦しいんだからさあ。なまえも、同い年なんだし敬語やめよう?」
「いえ、初対面なので。」
えー!と明星くんは叫ぶ。私は困ってしまいどうしていいか分からなくなった。氷鷹くんが「やめろ明星、名字が困っているだろう」 と仲介してくれてなんとかなる。私はさりげなく明星くんから離れると氷鷹くんの横を陣取る。私の横に遊木くんがやってくると照れくさそうに話しかけてきた。
「あの、今日はよろしくね!」
「よろしくお願いします。」
そのまま氷鷹くんの号令で施設に入る。一通り見てからとの話だったが適当に1つ目のお店で決めて帰ろう。休日のショッピングモールは騒がしくて酔いそうだった。
「とりあえず実用性のあるものだととても嬉しいかも。高校生ですしシャーペンとかよりもいつも身につけられるヘアアクセサリーみたいなものだったら気軽じゃないですか?」
ほら、あの雑貨屋さんと指さすと明星くんが軽い足取りで中に入っていく。それを4人で追うと明星くんがじろじろと棚を眺めて首を傾けている。
「アクセサリーかあ。」
「ヘアゴムとか、ヘアピンとか。」
うーん、と4人が固まって物色し始めたのを遠くから見守る。真剣だ。そんな人達を見てたら1つ目の店で…、とか言ってる自分がとても冷たい人間に思えてきてしまい時計を見る。まあ、時間はあるか。
「ここだけじゃなくて他にも見てみましょう。雑貨だけじゃなくてアパレル系のお店にもあるところはありますから。」
ひとまず店を出てガイドマップを手に入れる。広げると2階3階が女性向けらしい。
一通り見て回ると最初に見たお店に戻ってくる。何度かこれがいいんじゃないかという案が出たものの彼らが選ぶものはやはりなんというか、多様性が難しそうというか、そう、ユニークなものだった。普通のアパレルのお店だとどうしてもイメージの系統が偏るのでそっちを見て回るのは得策ではなかったかな、と私も項垂れた。
「ほら、名字。」
「え?」
声をかけられた方を見ると衣更君がいてどこかから買ってきてくれたらしい飲み物が差し出されていた。
「歩き回らせちゃってごめんな?これやるよ。」
「ありがとう。いくらだった?」
衣更くんは財布を出そうとする私に手のひらを見せてストップをかける。
「いやいや、これぐらい出させてくれよ。今日はわざわざ来てもらってるしさ。」
そういうことならと私は財布をしまう。変に出すと突っぱねて変な感じにしてしまっては朔間先輩に迷惑をかけてしまうかもしれない。
衣更くんにもらったペットボトルのキャップを空けているとフロアの片隅にもうひとつ小さな雑貨屋さんがあることに気がついた。
「衣更くん、あそこ。」
「あれ?あんなのあったっけか?」
衣更くんが他の3人に声をかけるとゾロゾロとそちらに向かっていく。落ち着いたナチュラル思考の雑貨屋さんだった。ずらりと並んだ可愛らしいヘアアクセサリーやらなんやらがごちゃごちゃして見えないので雰囲気にも好感がもてる。
「あ、これ、」
ヘアクリップだった。少し髪が邪魔な時とかバイトの時に使えるなあ、と自分用に購入を決め4人の方を向く。何やら真剣そうだったので私は自分の会計を済ますとすぐに戻った。
「ねえねえ、これなんてどう?」
明星くんがずいと私には見せたのはオレンジ色の綺麗な飾りの付いたヘアゴムだった。この時期はだんだん暖かくなるしお洋服も明るい系統のものが増えるのが一般的だろう。
「うん、いいと思う。」
思わず外れてしまった敬語にしまったと眉を顰める。明星くんがぱあ、と明るい顔をするとがっつりと肩を組んできた。
「ひゃっほう!もう俺たち友達だね!」
さあ、と私は青ざめた。友達?とんでもない。
私は誤魔化すように笑うとレジを指さした。会計をしておいで。
「すまない、名字。明星は悪気はないんだ。」
「あ、ええと。はあ。大丈夫。」
今日だけだし、とは言わないでおいた。