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朔間先輩から集合の連絡を見たのは今朝の話だった。ホームルーム前のあの微妙な時間に振動した携帯を手に取ると文面を目で追う。
時たま先輩の家に集合がかかりピアノを弾くように言われることがある。自分は弾いてと言われることが好きではないくせに勝手な人だな、と付き合う私も大概だろうが嫌なことではないと思う。いつもの通りのピアノを弾けかな、と携帯をしまうと本を開いた。

「なまえちゃんのピアノは上手なんだけど、でもそうねえ、なんていうか感情が乏しいっていうか…。」

先生にそう言われることが増えた私は感情表現を培うために本を読み始めたのだ。あまり人と関わることが得意ではないので例えば恋の曲を演奏する時なんて特に気持ちが乗らないらしい。先生にここは狂おしく!なんて言われても狂おしい気持ちになったことがない私にはだいぶ難しい注文だ。

「………。」

恋だとか愛だとかキラキラしたものが苦手だ。なんで他人に気持ちを左右されないといけないんだろう。それが恋と言うものだと言われればそうなのだろうが納得ができない。クラスの女の子達がトイレで話す恋バナに一切興味が持てなかった。ああ、私の青春はそんなふうに過ぎていくんだろう。ただそれをもったいないとは思わなかった。
私は本を閉じた。やっぱり理解ができない。


* * *

朔間先輩の家のインターホンを鳴らすとすぐに扉が開いて入るように促される。私はいつも通りお邪魔しますと声をかけ途中で買ってくるように言われた炭酸水の袋を渡す。

「ありがとう〜。」

がさがさと袋を漁ってこれ要らない、とビニール袋を押し付けられる。袋ぐらい自分で処理してください、と文句を言ったがもう聞いていないようだった。なんて自由。次からはコンビニの袋は断ろう。
ピアノを弾けと言われるかな、と準備してきたのに何も言われないのでただぼけっと立ってる人みたいになっている。

「…先輩。」

「なあに?」

「いや、なにじゃなくて…。用事があったんですよね?」

「あ、そうそう。」

よいしょと座り直した先輩は私に「ま〜くんがね、」と切り出した。ま〜くん?

「ま〜くん?って。先輩猫なんて飼ってましたっけ。」

「ああ、違うよ違う。衣更真緒。」

衣更真緒。ああ、あのええと、中三の時に同じクラスだった私が苦手な人種の。彼の周りはいつだって騒がしかった。

「それで衣更くんがどうかしたんですか?」

「最近プロデュース科っていうのが出来て女の子が転校してきたって話したことあったよね?それで、ま〜くんがお世話になってるからその子にプレゼントをしたいんだって。ほら、うちって女の子いない学科でしょ?周りに聞ける人がいなくて困ってるの。だからなまえが相談に乗ってあげてよ。」

「嫌です。」

話を聞いてすぐに首を振った。無理だ厳しい。正直に言おう。私は衣更くんが苦手だ。関わることに抵抗がある。衣更くんは中学当時から人気があったし他の女の子なら両手をあげて喜ぶだろう、と他の子を紹介しようとして固まる。私には友達と呼べる親しい人が居なかった。

「俺の大事なま〜くんが困ってるから助けてあげてよ。」

「嫌です。そんな要件なら文章でくださいよ。私、バイトもあるしそしたらすぐ断ったのに。」

「すぐ断ると思ったから呼んだの。」

朔間先輩は本当に自由だ。

「お願い、なまえ。」

「………わかりました。ただし条件があります。協力したら先輩のピアノを聴かせてください。」

私は先輩のピアノを尊敬していた。美しかったし先輩のピアノには私には足りない感情がある、……気がする。あれをじっくり聴けば何か掴めるかもしれない。ただ、普段あまりこちらがお願いしてもピアノを弾いてくれない先輩だ。こういう機会でもないとお願いは難しかっただろう。
今回は私の利益の為に了承するのも得かもしれない。

「え〜?仕方ないなあ。…ま〜くんの連絡先、送っておいたから後で連絡しておいてね。」

わかりましたと返事をしてから朔間先輩の家を出る。なんだか妙な事に関わってしまった。バイト先に向かいながら携帯を操作して先輩から送られてきた衣更くんの連絡先に文章を送る。

名字です。先輩から話は聞きました。力になれればと思いますのでお返事お願いします。

同級生に送るには些かお堅い文章だろうが私と衣更くんの距離はこれぐらいあるだろう。