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電車に揺られながら私達は他愛のない会話をした。やはり圧倒的に衣更くんが話題を提供してもらうことの方が多く、私もこんなにも気を使ってくれる衣更くんに申し訳なくてなんとかない頭を捻って話題を振ってみた。慣れないことはやるものでは無い。朝なに食べてきたとか学校での話、朔間先輩に関しての話題。私に出来る精一杯だった。
衣更くんは聞き上手で時折笑い声も上げてくれるし自分のコミュニケーション能力が開花したのではないかと勘違いを起こすほどだった。まあ勿論実際にはそうではないのだけど。

「そう言えばあんずが名字に会えるのすごく楽しみにしてたぞ。」

「あんずさん…。」

そうだすっかり忘れていた。今日は初めて会う人が居るんだった。ほんの少しだけ緊張をする。同年代の女の子。もうそれだけで未知だった。

「はは、大丈夫だって。あんずと名字、雰囲気結構似てるし仲よくなれると思うぜ。ほら、降りる駅。」

私は頷くと腰を上げた。衣更くんの後に続いてホームに降りると私は辺りを見渡した。氷鷹くんがホームで待ってるって言っていたのよね。2人でキョロキョロ見渡しているとベンチに座っている2人組の影が見えてあれだ、と駆け寄る。

「おはよう、名字、衣更。」

氷鷹くんがにこりと頬を緩めた。あまり表情が変わらない人だと思っていただけに柔らかい表情をされるとほんの少しだけ戸惑ってしまう。しどろもどろと返事をすると隣の女の子に目を向けた。

「はじめまして、名字なまえです。」

よく見るとあんずさんはあの日みんなが選んだヘアゴムをしていた。とてもよく似合っている。

「はじめまして。」

簡単な挨拶を交わすと私たちは改札へ移動した。あんずさんは何となくだけれど衣更くんの言う通りで意思疎通ができるような気がした。

「今日は呼び立ててすまなかったな。」

氷鷹くんが私の横に並ぶとそう声をかけた。私は首を振る。

「私も和菓子好きだから誘ってもらえてありがたいの。」

「そうか。土産用の菓子も売っているようだし気に入れば何か買って帰るのもいいな。俺はおばあちゃんに金平糖を買って帰る。」

意外とおばあちゃんっ子なのね、と私は笑ってしまった。私も祖父母は好きだ。

「……どうした?」

「いいえ、ごめんなさい。氷鷹くんはお祖母様を大事にされてるのね。私も自分の祖父母の事は大好きだからとても気持ちがわかると思って思わず笑ってしまったの。それで気を悪くしたら申し訳ないんだけれど…。」

氷鷹くんは ふ、と笑うと一緒だなと言ってくれた。ああ、やっぱり氷鷹くんは話しやすい。もし、この人を友人と呼べるのであれば嬉しい。そこまで考えて小さく首を振る。この人たちとは住む場所が違うのだから滅多なことを思うべきではない。そう自分を窘めるのと同時に今まで思ったことのない感情に驚く。何だかこの人達に関わるとどんどん気持ちがぶれていきそうでほんの少しだけ怖かった。

「あー、北斗。」

「どうした?衣更。」

「あとどれぐらいかなーって思ってさ。」

後から声をかけられると氷鷹くんが携帯に視線を落とした。ナビが次の角を右と言っているらしい。抑揚のない声が100m先、右ですと発言したので私たちは右に向かった。
こじんまりとしたお店が見えてあれではないかと一同のテンションはほんの少しだけ上昇した。外観も素敵だしどうやら今日は空いているらしい。氷鷹くんのおばあさんを見たことはないけれどきっと素敵な人だ。氷鷹くんのように品の良さそうなおばあさんがこういうお店に来ていると思うと素直に受け入れられた。

「ここだな。」

氷鷹くんが携帯の画面を暗くすると扉を開けて私を先に通してくれた。私はほんの少し会釈をするとするりと中に入る。テーブルが所々に点在していて統一感がなく見えるがどうやら真ん中の空間を中心にテーブルは配置されているらしい。私たちは近くの店員さんに連れられ奥の窓側の席に案内された。
私があんずさんの隣に座ると目の前は衣更くんになった。衣更くんは目が合うと何故か私に小さく手を振る。私はどうしていいか分からず同じように手を振ってみた。そうしてみてから気がついたが氷鷹くん達と合流してからというもの私は氷鷹くんとしか話していなかった。少しだけ衣更くんを久々に感じてしまう。衣更くんももしかしたらそういう気持ちだったのかもしれない。……確かな事は分からないけど。


* * *

名字は北斗と話す時はリラックスしているように見えた。あんずと2人の後ろを歩きながら様子を見ていたが北斗もいつもより喋る。…気がする。いや喋ってるだろ!あんずだって違和感がありますって顔で北斗見てたもんな…!な!と斜め前のあんずに視線を向けると何でもないようにメニュー表を見ていた。目の前をちらりと見るとこちらも一心不乱にメニュー表を見ている。へえ、この間寄り道した時もそうだけど意外と食には興味があるのかもしれない。

「衣更、決まったか?」

「あー、なんかさっぱりしたのがいいわ。」

わらび餅なんてどうだ?と北斗が楽しそうにしている。うーん、これはいつもと違う面子にテンションが上がっていると見た。いつもより喋るのもきっとそういうことだろう。
注文を済ますとどうやら女子は女子同士少しづつ距離を詰めているようで別々のものを頼んでそれをシェアするようだ。仲がよろしいようで。2人の様子を見ているとぽつりぽつりと言葉を交わしはじめた。学校のこと、あんずの仕事のこと、大変そうだね、なんて名字の声が聞こえてほっとした。
そこに北斗も加わって会話の和が広がる。俺は柄にもなく取り残されたみたいな気持ちになってしまいそんな気持ちを水で流す。コップを置いたところで名字と目が合う。

「衣更くんは?」

「え?」

「衣更くんは生徒会とか部活とかみんなみたいにユニット活動してて大変そうだけど、息抜きできてるのかなって。」

名字はあまり会話が上手い方ではない。だか少しだけ分かることがある。恐らく会話に入りそびれた俺に話題を振ったのであろう。不器用なりに気を使ってくれたという事が俺は少しだけ嬉しかった。

「そうでもないって。結構好きでやってるしさ。」

「そう。でも朔間先輩のお世話まで任されてるのはやっぱり負担だと思うの。あの人は衣更くんから自立した方がいいわ。私からも言おうか?先輩、自立しましょうねって。」

そんなことを真剣に言うものだから俺は笑ってしまった。表情が表情だし本気なのかなんなのか全くわからない。それがまた笑いのツボを刺激する。困惑したように北斗を見る名字はその後順にあんずを見た。いつもこうなの?と聞いてる名字にあんずは首を振っていた。

「お待たせ致しました。」

綺麗に飾り付けられたそれぞれの菓子が運ばれてきた。
目の前の表情固いコンビは僅かに瞳を輝かせるといそいそと小皿にわけ始める。本心は分からないがつまらなさそうではなくて本当に良かった。いただきますと名字が手を合わせたところで俺の視線に気がつく。自分の皿と見比べたあと遠慮がちに口を開いた。

「もしかして衣更くんも交換したかった?」

「え?」

「違った…?」

食べ物のシェアというのは仲良い同士がやるイメージがある。名字はそういうことをできる間柄だと俺を認識してくれたのだろうか。俺はほんの一瞬考えたあと少しづつ分け合うことにした。種類の増えた皿は賑やかそうに見える。

「いただきます。」

名字の合わさった指は綺麗だった。