09
珍しく携帯が震えた。朔間先輩だろうかと画面を明るくして思わず 嘘でしょ と呟いた。相手は氷鷹くんだったのだ。なんだろう、とアプリを開く。
次の休みにおばあちゃんに教えてもらったおいしいと評判の和菓子屋に行こうと思うが一緒にどうだ?
誰かと間違えている。反射的にそう思った私は間違えを指摘して返事をした。またすぐに返事が来て間違えていないが…と、戸惑われてしまう。なるほど、ちゃんと私を誘っていたのか…。行くべきか行かないべきか。ピアノの練習もしたいし、でも。氷鷹くんは話しやすい貴重な同年代だ。私にとったら珍しい存在だし誘われた時に行きたくないとは思わなかった。
「( どうしたものか… )」
すぐに追加でメッセージが来る。どうやらあんずさんも行きたいとのこと。他のメンバーにはまだ聞いていないが良かったら、という内容に再び合点がいった。あんずさんと二人きりだった場合、アイドルを生業としている氷鷹くんと二人きりは問題になる可能性がある。私が居れば言い訳はたつし他にメンバーがいた場合でも友達ですと言い張れる。私はほんの少し考えたあと返事をした。私は和菓子が好きだった。
すぐに日程、日時の連絡がきて私はそれをスケジュール帳に書き込む。今更だが私のスケジュール帳は驚く程に予定がなかった。ピアノ、バイトピアノバイトと繰り返し書かれた1ヶ月は他の人から見れば寂しいのかもしれない。
私は別に寂しくはないけど、と心の中で呟くとパタンとスケジュール帳を閉じた。
「あんず、返事が来たぞ。来てくれるそうだ。」
「良かった。」
2人がそんな会話をしているのが聞こえ、なんだ?と俺たち3人は顔を見合わせた。
「え?なになに、ホッケ〜!」
「明星、うるさいぞ。」
むす、とした顔で北斗がそういうのでスバルがブーイングを飛ばした。俺はレッスン前のストレッチをしながら2人の様子を伺う事にした。どうやらあんずと和菓子屋に行くらしい。俺達も誘おうと思っていたがその前に名字に声をかけた、とナチュラルに言われたものだから思わずずっこけそうになった。名字!?え!?そんなに仲良くなってたのか?
「お前、え、誘ったの?来んの?」
「ああ、是非にとの事だ。」
嬉しそうに僅かに頬を緩めた北斗が携帯画面を眺めるのを複雑な気持ちで見つめた。え、だって俺とのポテトの時はなんていうか ぜひ!みたいな感じでははなかったじゃん…。もやもやとした気持ちが広がる。
「で、お前達の予定はどうだ。」
「うーん、この日は先約があって…」
「俺も!母さんと出かけるんだよね。」
残念!とスバルが眉を寄せる。俺も確か予定があったような気がするがそっちはキャンセルしよう。多分妹の買い物の荷物持ちだったような気がする。
「俺は予定空いてるから一緒に行くわ。」
「わかった。」
この間名字は戸惑うようにして店内にいた。ポテトを摘んで美味しいと若干目を輝かせたのも俺は見ていたし実はあの顔をもう一度見たい、とも思っていた。普段大人しくて近寄り難いような雰囲気の女の子が新しいものに触れて楽しそうにするのはこう、グッとくるものがあるのだ。その役目を北斗に取られるのはなんとなく癪だった。
「楽しみだね、真緒くん。」
あんずが北斗の横で楽しそうに笑っているのを見て俺も笑い返した。プライベートで出かけるのはなんだかんだそんなにないので俺も楽しみではあった。
「ほら、凛月。帰んぞ!」
瀬名先輩から迎えに来るように言われKnightsのレッスン部屋を訪れると鍵を持ったままイライラした様子の瀬名先輩が凛月に声をかける。
「ま〜くん、ご苦労。待ってたよ〜、」
ふぁ、と欠伸なんかして呑気なもんだな、とため息を吐くとぐったりとした凛月を背負う。ついでに瀬名先輩に頭を下げると幼馴染ぐらい躾をしろと叱られてしまう。相変わらずこの人の怒りの沸点は低いなあ。
近くの駅について歩いていると「あ、」という声が聞こえた。なんだ?と振り返ればスクールバッグを抱えた名字が立っているではないか。奇遇だなと笑いかければぺこりとお辞儀をされてしまう。もう少しフランクでいいのになあ。
「お疲れ様、衣更くん。……朔間先輩はほんとそろそろ1人で帰れるようになった方がいいですよ。」
鞄持つよ、と名字が二人分の鞄を俺から持っていく。だいぶ楽になった俺はもう一度凛月を背負い直す。衝撃で凛月呻いたのは聞こえないふりをした。
「そう言えば北斗が喜んでたぜ。」
「え?」
「和菓子屋。休日にまた時間もらっちゃってごめんな。」
ああ、と名字は頷くと「和菓子は好きなの」と呟いた。なるほど。一応情報として入れておこう。
「え?なまえ、人間とお出かけするの?」
「はい、人とお出かけします。」
「最近付き合い悪いと思ったらそんなぽっと出の奴の誘いを受けてるなんて…。」
ちらりと名字は凛月の方を見ると演技もお上手ですと吐いた。意外と悪くない空気の中3人で歩く。
改めて見る名字はやはり表情が読めないタイプだった。整っているのに勿体無い。もうちょい笑えばいいのに。俺が名字の方を見ていると視線に気がついたようで真っ直ぐにこちらにふたつの目が向いた。
「なに?」
「あ、いや、えーと。はは、何でもないよ。」
そう、と言うとすぐに視線を逸らされてしまう。何となく寂しいと感じた。
凛月が後から俺の頬をブスブスと刺し始めたので何かと文句を言えば別に〜とニヤニヤした顔で返される。何なんだこいつ。ほんっとわからない奴だなあ。