「・・・、」
「早く食べさせて。」
凛月くんはじとりとこちらをみると鳴上くんによってシェアされたサラダの皿を私の方に寄せた。心の中で 何歳児だ!と適切であろうツッコミを入れる。
「凛月くんもう大人でしょ。自分で食べてよ。」
「久しぶりの名前ちゃんだからついつい甘えちゃうのよ。ねっ、凛月ちゃん!」
鳴上くんは慌ててフォローを入れてくるけど私はもうそんなフォローを受け入れられるほど冷静では無かったし早く帰りたいだけだった。凛月くんは私の腕にまとわりつくようにしてこちらを見てる。佐々井さんはきょとんとして
「学生時代の恋人……?とかなの?」
とかぬかすもんだから慌てて否定をする。恋人!笑ってしまう!
「いえ!幼馴染みです!全くそんな事無いですし凛月くん誰でもこんなだし言っちゃえばトリスタの衣更真緒くんだって私の幼馴染みですから…!」
はっと我にかえると更に冷や汗。こんな否定の仕方、かえって怪しいのでは…?でも嘘は言ってない。
「そういうこと。そっかあ、なんだかすごく距離が近いからびっくりしちゃったよ!しかし名字さんはトップアイドルとそんな親密な仲だったんだねえ。」
「……凛月くんアイドルなんだから距離を保ってよ…。あー、佐々井さん、そろそろ出ませんか?」
「え?もう?まあ、名字さんが出たいなら出ようか。家まで送るよ。」
「お願いします。…じゃあね、2人とも。」
私は2人にそう告げると立ち上がって佐々井さんの後に続く。
「ナっちゃんばいば〜い、」
え、と後ろを見ると私にくっつくようにして凛月くんが付いてきていた。混乱した私は疑問符を浮かべながら凛月くんをひっぺがす。
「な、なんで付いてくるの…。」
「え〜?久々に会った幼馴染みを置いて帰るって言うからお家にお邪魔しようかと思って。」
「はあ…?絶対ダメ。凛月くんはアイドルなんだから人の家にほいほいついて行かないの。」
おでこを押して戻るように伝えると不満げに瞳が揺れた。あ、やばいぞと思った時には遅かった。ずん、と凛月くんは機嫌を損ねると睨みつけるように私を見る。嫌なオーラが目に見えるようだった。
「へえ、本当に数年会わないだけで薄情になったもんだね。別に俺はここで騒いでも良いんだよ。名前がネットニュースとかに載っちゃう覚悟が有れば此処に俺を置いていけばいい。…どうする?」
喉がひくりと鳴るのが分かった。本当に凛月くんは人の嫌なところをついてくるのがお得意でいらっしゃる。そしてこれはただの脅しでは無いことは経験上分かっている。
「………、佐々井さん、凛月くんも乗せてってもらってもいいですか。」
「あはは、いいよいいよ。乗っていきな。」
私たちの様子をそれはそれは楽しそうに見ていた佐々井さんは快諾してくれたが全く楽しい状況ではない。鳴上くんが奥の席でモーションだけで謝っているのが見えて私は軽く手を振ると妖怪みたいにまとわりついてくる凛月くんを引きずりながら車に乗り込んだ。
自宅に着くと凛月くんを先にエントランスに行かせる。背中を見送りながら佐々井さんに謝罪するとやっぱり楽しそうに笑って
「いいっていいって。なんだか名字さんもちょっと生き生きしてたし、いい曲かけるんじゃない?」
と、返してくれた。
「そうは思えませんけど…。あ、明日はみんなにもライブ案見てもらいたいのでレッスン見に行きますね。」
佐々井さんの車を見送ると凛月くんの首根っこを捕まえてエレベーターに乗り込む。
「………」
気まずいなあ、とこっそりため息をつくと凛月くんが口を開いた。
「俺に会いたくなかった?」
「……どうだろう。」
「俺はね、ずっと会いたくて仕方なかったよ。ま〜くんもずっと会いたかったと思う。」
よしよし、と私の頭を撫でる相手の手をさり気なくはらうと丁度開いた扉をくぐり抜けて顎でこっち、と合図を送る。
部屋に入ると凛月くんは遠慮も何もせずソファーで寛ぎ始めた。本当に何しに来たんだろう、と眉を顰める。
「凛月くん明日も仕事じゃないの…?早く帰った方がいいんじゃない…?」
「残念でした。明日はオフなんだよねえ。」
「………わたしは仕事なんだけど…。」
ふぅん、と呑気な返事返してくる凛月くんを見て無遠慮なところは本当に変わらないんだなあと腕を組む。携帯を弄る彼は私に視線だけ寄越した。
「名前のせいで夕食食べ損ねたから昔みたいに何か作ってよ。」
「めちゃくちゃ理不尽だし、ちょっと図々しくない…!?」
「いいじゃん、作ってよ〜、俺と名前の仲でしょ。」
私は仕方なしに腕を捲ると「カレーでいい?カレーの材料しかないよ。」と数日分の自分の食事もついでに確保することにした。
私が台所に立つとノロノロとやってきた凛月くんはベタベタと邪魔をしてくる。
「俺も手伝ってあげようか?」
彼の料理は美味しいが見た目があれでそれでこれになる事を分かっていたので遠慮しておく事にする。久々に会った凛月くんは本当に相変わらずで売れて性格が変わってしまうっていうのはこの人には当てはまらなかったんだなあ、と野菜を刻みながら頭の隅で考えた。
ピンポーン、とインターホンが来客を伝える。宅配かな、と凛月くんを置いて私は玄関に向かった。