我に返った私はここが空港であることを思い出した。そして凛月くんは帽子も何も変装をしてない。辺りを見回すとチラチラとこちらの様子を伺う人が数名居る。ど、どうしよう。
「名前ちゃ〜ん!」
母が私の背中をつつく。後ろを振り返れば母と父がいる。両親の前でもあったことに更に追い打ちがかかってもう消えてしまいぐらいの気持ちで縮こまる。
「なんで凛月ちゃんとそういう関係って教えてくれなかったの〜?」
うふふ、と口元に手を当てて可愛らしく笑う母と腕を組んで何かを考え込む父。
「うーん、こうなると愛し合うふたりを引き離すのは忍びない…。」
「そうねえ、作曲は勿論だけど私達は名前ちゃんに身を固めてもらいたいって言うのも重要な目的としておいていたし…。」
凛月くんは私の一歩前に出る。
「俺、昨日よく考えてみたんです。今回は仕事だから仕方ないのかもしれないって。でももう名前と離れたくない。だから本音は連れていかないでほしいと思ってます。」
「ううん…。」
父が唸り母はわざとらしく目尻を拭いた。
「ママ感動しちゃった。パパ、私も今の2人を引き離すのは気が引けちゃう。どうかしら本来なら名前ちゃんは一緒に来てもらう予定だったけど日本で作曲して貰って電話とかデータのやりとりでパパと相談すればいいんじゃない?勿論何回かはこっちに来てもらってオケの音を聴いてはもらいたいけど…。」
「…そうだねぇ。ママの案はやってみてもいいかも知れない。それに今回見た名前のプロデュースは素晴らしかった。あの子達には確かに名前が必要だとも思うし正直な話あのグループからこの子を取り上げるのは心苦しい所もあったしなあ。」
凛月くんの背中しか見えない。……私抜きで進んでいい話なのだろうか。
「名前はどうしたい?」
凛月くんに急に話を振られて驚く。こっちを見る凛月くんに私も視線を返す。さっきの凛月くんが言ってくれた離れたくないという言葉や大好きなグループのみんなの顔を思い浮かべる。
「本当はここに残りたい。」
ぽつりと出た言葉は私の本心で自分自身もしっくりきた。だけどオーケストラの曲なんて一からの勉強だし2曲も1人で出来るか分からない。2年あるとはいえ分野違いの仕事をこなせるかは不安でしかない。身内からの話とはいえ仕事はきちんとしたい。
そういった気持ちもぽつりぽつりと話せば父はまた唸った。
「名前のそういう仕事に対するストイックさはパパは娘として誇りに思う。でも大丈夫だよ。パパも遠くからだけどサポートするさ。それに愛する人もそばに居るならきっと素敵な曲がかける….、まあこれはパパの実体験だ。」
「やだもうパパったら。」
幸せそうに母の肩を抱く父の言葉はなんとなく私に元気をくれた。
「ママはこんな所まで追ってきてくれた凛月ちゃんの傍にいて欲しいわ。こっちに名前ちゃんが来る用事の時は凛月ちゃんもいらっしゃいね。」
そう言って父と母は私にハグをする。
「また離れちゃうのはママ寂しいけど、名前ちゃんに素敵な人が出来て安心できて良かったわ。凛月ちゃんと仲良くね。」
そして凛月くんにも軽くハグをして何かを話す母。余計なことを言ってないかなと近づこうとして父に止められる。
「今回はバタバタさせてすまなかったね。そもそも話が急すぎた。」
「私も…、その時の感情で状況判断が上手く出来てなかったと思う。よく考えるべきだった。でもお父さんとお仕事出来るのは正直楽しみだったよ。」
そうかと笑った父はもう1度私を抱きしめた。
飛行機に乗り込んでいく母と父を見送ってさて帰ろう!となって思い出す。私の様子に不思議そうな顔をして凛月くんは声をかけた。
「……?どうしたの、名前。」
「……いや、普通に長期で日本に居ない予定だったから部屋解約しちゃった…。」
どうしよう、解約したばっかだし無かったことに出来ないかなと慌てて不動産屋さんに連絡を入れようとして携帯を取り上げられる。
「凛月くん返して…!」
「もうさあ、一緒に住もうよ。そしたら俺は毎日名前に会えるし名前がまたどっかに勝手に行かないか監視できるしねぇ。」
監視、いやいやいや。
「もう何処も行かないよ…!」
「ふぅん、じゃあおじいちゃんとおばあちゃんになってもずっと俺の傍に居てね?絶対だよ、約束。」
本当に凛月くんは優しい顔をするようになった。こっちが照れるぐらいの表情を向ける。
「……約束ね。」
凛月くんは私が何か可愛くない事を言うと思っていたようで驚いて目を丸くする。そのままぎゅうと私を腕の中に閉じ込めると楽しそうに笑った。
「名前、大好きだよ、本当に好き。」
「うん、私も凛月くんが好きだよ。」
凛月君がいたから私の気持ちは前に進めた。言葉にし難い幸福を感じられた。色んな女の子がいる世界で私を選んでくれた。もう全ての事が愛おしかった。
「帰ろう、名前。」
私は頷く。棄てようかどうしようか悩んでたTrickstarの曲も今なら渡せる気がした。
凛月くんに握られた手はじんわりと温かくてその事実だけでこれから先私は何度も何度でも幸せを感じられるんだろうと頬を緩めた。