「ねえ、名前。どういうこと。説明してよ。」

凛月くんが私の目の前に来たのが分かったがやはり私は顔が上げられなかった。凛月くんの表情を目の当たりにするのが怖いし、私がどんな顔をしていいのか分からなかった。

「あらやだわ、名前ちゃん。凛月ちゃん達に言ってなかったの?もううっかりさんねえ。」

母が呆れたように笑うと凛月くんの求める説明をした。

「明日、この子は私たちと一緒に曲を作る仕事をする為に日本を出るのよ。数年はこっちで居る予定だからもし名前ちゃんが日本に戻ることがあったらまた仲良くしてあげてね。」

しん、と張り詰めた静寂。はあ、と真緒くんが困ったように息を吐いた。私はぎゅうと握った手の手汗がすごい。

「………もういいよ。名前の気持ちは分かった。」

「え…?」

思わず顔を上げると悲しいような怒ってるような複雑な顔をした凛月くんが居た。

「もういい。」

凛月くんはもう1度そう言うと私に背を向けて行ってしまう。小さくなる背中を呆然と見つめる。真緒くんは「失礼します、」と言うと慌てて追いかけていく。追いかける資格もない私はそのままへたりこんだ。

「え、あら、ママなんかしちゃった…?」

おろおろとした母の声に私は項垂れた。お母さんは何も悪くない。
素敵なライブの後で高揚していた気持ちはゆっくり沈んでいった。


打ち上げをなんとかして皆にお別れをして何も無くなった部屋に戻ってくる。空間が広くなって少しだけ寒い。明日には出るため玄関にトランクが一つ置いてあるだけで他は処分してしまった。

「……」

床に寝転がって部屋を見回す。ああ、Tricksterの曲は結局渡せなかったなあ。まあでも、それで良かったのかもしれない。怒涛の数ヶ月だった。凛月くんに数年ぶりに再会して怒らせて喧嘩をして好きだと言われてちょくちょく部屋にやって来るようになって、それで……。

「………っ、」

目が熱くなる。泣くな、泣くなと目元を押さえた。これで良かったじゃないか。これで凛月くんは私なんかより素敵な人を見つけて結婚とかしてかわいい子供を授かって幸せな人生を歩んでいけるんだから。私は悲しくなるべきじゃない。だってあれだけ真っ直ぐに好意を伝えてくれた相手に最低なことをしてきたんだから。

「馬鹿だなあ、私は。」

膝を抱えるように縮こまる。寂しいなあ、凛月くん。お願いだからきっと幸せになってね。


次の日空港に着いた私は両親を探していた。広いラウンジでうろうろしてはいるが見つからない。もう、電話の方が早いなと電話帳を開いた。

「名前ちゃん〜!」

途中で母の声がして顔を上げる。よかった、と安堵して歩を進めたところで腕を引っ張られ、そのまま強めに肩口を抱き寄せられた。

「………?」

困惑した私は私に回る腕を見つめる。おかしいな、昨日怒らせちゃった筈なのになんで、

「行かないで、名前。」

「………、」

私の頬に凛月くんは自分の頬を寄せる。珍しく走ったのか息が少しだけ上がっている。
ぐるりと私を回転させるとそのまま勢い良く唇を重ねられる。がつん、と歯が当たって痛かった。

「好きだよ、名前、」

凛月くんの言葉だけが鮮明に私の耳に入った。視界がぼやけて行く。

「……わ、…わたしもすきだよ、りつくん、」

私の声は情けないほどに震えていた。ぼやけた視界で見る凛月くんは今まで見たことないぐらい嬉しそうに笑っていた。