「あの、凛月くんそろそろ離して。」
「え〜、」
暫くこの状態を許していたがだんだん恥ずかしくなってきた。いい年の大人が玄関先で寝転がって何をしてるのだろうか。ああもう、変に緊張してしまう。
腕を解いて起き上がりと凛月くんが頬杖をついて私を見上げた。
「ねえ、なんで信じちゃったの?あのニュース。」
「……女優さんが否定しなかったから…?」
そんなこと言ったら凛月くんだって私と真緒くんの事を信じて家に来たじゃないか…!
あっそう、と凛月くんもゆっくり立ち上がると私にもたれかかりながらリビングへと進む。押されるようにして歩くのはけっこう歩きにくい。私は凛月くんとの距離は昔から変わらずこうやってくっつき回られるのは慣れている。ただ、周りから見たらこれは恋人同士に近い戯れなのだろうか。するりとお腹を撫でられた私は声を上げると驚いて手を叩く。
「擽ったい。」
「自分の事好きとか言ってる男がこれだけベタベタしても気にしてなさそうだったから。俺はもう幼馴染としてだけで接してないって分かってね〜、」
リビングに到着した凛月くんは はた、と目を瞬かせた。私の部屋がスッキリしていることに驚いたんだろう。
「…?模様替え?」
「いや、要らないものを捨てたの。そろそろソファーとかも捨てるんだ。」
「なんで…?」
なんだか混乱しているような凛月くんに私は、今後の事を伝えてないことに気がついた。ああ、ええとどうしよう。また嫌な空気になるのは避けたい。
「ひ、引越しをするの。」
嘘は言っていない。
「新しい家具は近くで揃えようと思ったから古いのは捨てる。」
「………そう、新居は俺にも教えること。約束ね。」
曖昧に笑って返す。少しだけ緊張した。私の嘘は真緒くんにも凛月くんにも見破られてしまうことが多い。なんでわかるのかは教えてくれない。だから今回も小さな嘘がバレてしまうんじゃないかとドキドキしたが凛月くんは気がついていないようだった。
凛月くんとこれから会えなくなるんだなと思うと少しだけ寂しかった。これを機に私なんか忘れてニュースの女優さんみたいな可愛い人と素敵な人生を歩んでほしい。私はどう頑張っても立場上もそうだし、容姿も性格だって凛月くんの隣に立てる人間じゃないから。
凛月くんに紅茶を出して私は仕事のカバンを整理する。色々変更となった場所をまとめないと。
「……名前は偉いねぇ、」
「え?何が?」
ず、と紅茶を啜ると凛月くんはにこり、と笑った。
「いつも一生懸命だから。夢ノ咲の時も頼まれたら断れない性格だったし色んなユニットから仕事押し付けられてたよね。まあ、それはあんずもだけど。」
そう言えばと凛月くんの口から出た言葉は私のこの数年をひっくり返すものだった。
「ほら、Trickstarが革命?をしたでしょう?あれ、本当はま〜くんたち、名前とあんず、どっちも仲間にしようとしてたんだよ。狡いよねぇ。」
「………え?」
心臓がうるさくなった。どういう事だろう。私は仲間はずれじゃなかった…?
「俺がね、駄々こねたの。名前を変なことに巻き込まないでって。タダでさえま〜くん達にかかりっきりでしかもあの頃はまだ普通科の生徒だったでしょ?それに名前はま〜くんの為に無茶をしそうだったから。」
凛月くんは懐かしむように優しい声で昔話をする。私は黙って聞いていたが上手く整理ができない。
「それに普通科からプロデュース科に移ってからもずっと余裕無さそうだったし。そこに革命とか一歩間違えば立場がなくなるようなことに首突っ込んで欲しくなかったんだ。」
なんだ、なんだそれ。なんで言ってくれなかったの…、だなんて混乱はあるものの、不思議と怒りは感じなかった。真緒くんは本当は私を仲間に入れようとしてくれてて、仲間だと思ってくれてた。凛月くんはずっと私を守ってくれてた。何も知らなかったのは私だけ。なんて情けない。
「名前…?」
ぼろぼろと私が泣き始めたものだから凛月くんは慌てた。"タオル、タオル" とキッチンのお皿を拭くタオルを私に押し付ける。なんでそれなの、と押しやると凛月くんの心配そうな瞳と視線が交わった。
「私、ずっと仲間はずれにされたと思ってた。Trickstarが結成された頃から携わってたのに、みんなに頼りにされてないのかと寂しかったの。なんであんずちゃんだけなの、って、悔しかった。」
嗚咽混じりの私の言葉に凛月くんは優しく頭を撫でてくれた。ごめんね、俺がちゃんと教えてあげれば良かったね、と申し訳なさそうに謝る凛月くん。違うの、ごめんね、私がちゃんとみんなの事を知ろうとしなかったから悪いんだ。
「そっか、名前が居なくなっちゃったのは俺のせいか。それじゃあ俺が名前が居なくなっちゃって寂しい思いをしたのは自業自得なんだねぇ。」
"今になってわかったよ" だなんて申し訳さそうな、泣きそうな凛月くんの声に更に涙が溢れた。