今日はバラエティの収録予定、の筈だった。それが急に無くなったもんだからうちの王様は途端に何処かへ消え、ス〜ちゃんはセっちゃんに首根っこ掴まれると新曲のふりの確認に行ってしまった。
残った俺とナっちゃんは目配せすると夕食を摂ろうという結論にたどり着き現在に至る。

「ナっちゃんなんか食べたいのある?」

「そうねえ、あ、この辺りでサラダがおいしいカフェがあるって聞いた事あるの。」

ナっちゃんの言葉に首を捻る。

「野菜なんて何処も一緒でしょ。」

「んもう!凛月ちゃんったらわかってないんだから!」

しまった、とあからさまに嫌な顔を作る。こうなったナっちゃんは長い。これは長年の付き合いからもうわかっている事だった。鮮度がなんちゃら種類がなんちゃらお洒落がなんちゃら。はいはい、俺が悪かったよ〜、と適当に相槌打っても向こうも俺が適当だと分かってるもんだから許しちゃくれない。調べてみるとどうやら徒歩圏内のようで歩いてる間ナっちゃんはずっと野菜事件に関して煩くて鬱陶しかったけど目的地に着いた途端に店の外観に「お洒落だわ!」はしゃぎ始めた。なんてゲンキンなオカマなんだとため息つくと腕を引かれるままに店内に入る。
店内は落ち着いていて時間が時間だからかまあまあ空いてはいた。インテリアもBGMも若干クラシックがかっててなんとなく本当になんとなくだけど、名前が好きそうだと思った。ナっちゃんはきゃあきゃあとはしゃいだままメニュー引き寄せるとどれにしようかと悩み始めた。これは長くなりそうだと店内を眺める。

「凛月ちゃんは決まったの?」

「俺は何でもいいからナっちゃんが決めていいよ。」

じゃあシェアしましょう!とるんるんと選択肢が二つに増えたナっちゃんは楽しそうにサラダを選んでいる。どうやらパンもサービスで付くらしい。
店の隅の奥まった所に居る女に目を移すとこれも何となくだけど名前に似てるなあと目を擦る。こんな風に俺は結構な頻度で名前という女の子を思い出す。

名前というのは俺とま〜くんの大事な幼なじみで、ま〜くんのユニットがまだ曲とか衣装とかなんもない時から一生懸命手助けをしてくれてた女の子。ま〜くんのユニットばかり構って俺にまっったく構ってくれなかった恨みはまだ残っているがそれよりも何の連絡もなく何処かへ消えてしまった薄情さにすっかりご立腹なのである。名前を見つけたら絶対にお説教だ、と何年も前に決めている。
ただ、彼女が消えてしまう予感はほんの少しだけあった。名前はどこか俺たちアイドルやあんずと一線を作って決して深く交わろうとはしなかったし、ふと見せる気弱な表情に引っ掛かりはしていたから。段々元気を無くしていた名前の様子に気づけなかった訳ではなく彼女は絶対に俺たち幼なじみから離れないと勝手に過信していた。
卒業後どんなに連絡しても名前から返信は無かった。家にももう誰も居なくてま〜くんと一緒に探し回ったのに何処にも居なくて悲しくて胸がぎゅうと締め付けられた記憶はまだ新しい。

「あ、」

目をつけていた女が顔を上げて店員を呼んだ。それを見た瞬間俺は女の方へと足を向ける。ナっちゃんが後ろでなんか言ってたけどそれどころではない。見つけたんだ。

「見ぃつけた。」

少し見ない間にひどい顔をするようになってしまった。死んだような目をして五線譜に向き合ってる彼女は痛々しかった。こんなの名前じゃない。
目を真ん丸にする名前はほんの少しだけ昔の顔をしていた。すると後ろから男の声がする。名前の視線がそちらに向き安堵の表情を浮かべたのである。それを見た瞬間名前が居なくなった時の胸の締め付けを覚え、そして、少しの怒りを感じた。

「誰こいつ。まさか彼氏だなんて言わないよね?」

名前の瞳が不安で揺れた。そんな目で俺のことを見ないでよ。ぎゅうぎゅうと俺の心臓が切なさに叫び声を上げた。