凛月くんは夜になっても帰らなかった。

「あの、凛月くん。そろそろ帰らないと終電なくなるよ…。」

「んー、」

気のない返事は眠いサインだ。しまった、寝てしまうぞこの人、と慌てて頬を軽く叩く。

「寝ちゃダメだよ凛月くん…!起きてってば〜!」

すや、と声が聞こえてきそうなくらい穏やかな顔である。嘘でしょう!と私の必死さを他所に確実に眠りに落ちていく凛月くん。一度寝てしまった凛月くんは何があっても起きない。アイドルを1泊でも泊めるだなんてあってはならない。
真緒くんに来てもらおうかな…。電話帳から真緒くんの名前を引っ張ってきて留まる。あんな記事が世で騒がれそうになった後だ。これ以上真緒くんに迷惑をかけられない。車を持ってる瀬名先輩…!いやこれ絶対怒られる、けどそんな事言ってる場合じゃない…!思い切ってコール音を押す。

「………。」

出ない。出ない…!

「残念、セっちゃんは今日は遅くまで別の収録があるよ。その後、俺を迎えに来てもらうのは疲れてるセっちゃんが可愛そうだね〜。」

凛月くんがうっすら片目を開けて楽しそうにそんなことを言う。そのまま再び安らかな眠りにつかれるともう私に手は無くなってしまう。

「……仕方ないか、」

心が折れた私は、大きく息を吐いて奥から持ってきたブランケットを凛月くんにかける。部屋を暗くしてあげて私は軽くシャワーを浴びて自室に戻ることにした。
ベッドに潜り込むとすぐうとうとしてしまう。いつの間にか私は真っ暗な場所へ意識を落とした。


ドアが開く音がして私は浅く意識を取り戻す。何だろうと視線だけさまよわせると大きな人影が見えたのですぐ飛び起きた。

「え、だ、だれ!」

「んん、」

ベッドに滑り込んでくるその人物はたしか昨日やむを得ず泊めた凛月くんだ。

「なに、どうしたの?」

「うーん。」

寝ぼけているのか…?と顔を覗き込むとうとうとしている様子。なるほど、仕方ない今日は私がソファーで寝ましょう。ブランケットを持ってないということは多分リビングに置いてきたんだろう。凛月くんを真ん中に押しやると私はベッドを降りた。そのまま進もうとしたが洋服を掴まれているようで動けない。

「凛月くん、離して、」

もう、と凛月くんを見ると真っ赤な瞳と目が合った。起きてる、と思った時には私はベッドに引きずり込まれていて身動き取れないぐらいに抱きしめられていた。

「凛月くん!」

「……俺が名前に好きって言ってから少しでも俺の事を幼馴染でもアイドルでもなくて1人の男、って考えてくれた事ある?」

少しだけ寂しそうな声がして私は暴れるのをやめた。

「今日も全然意識してくれてなさそうでゆっくりアプローチするもなにも眼中にも入れてくれてない状態での戦いは虚しいだけだよ。」

「……前にも言ったけど…、私と凛月くんはアイドルと…担当ではないけどプロデューサーだから。たしかに幼馴染ではあるけど社会人なんだからそこには立場も含まれてきてしまうって思うの。だから、私は凛月くんの事をすきにな、」

言葉の途中で口を押さえられる。

「俺の気持ちも考えて…。名前だって好きだった人がいるでしょう。好きで苦しかった事だってあるでしょう、そういう気持ちを前にすれば立場は二の次だと思うんだけど。」

「……、」

離して、と口を押さえている手を叩くと素直に離してくれた。確かに私の態度は凛月くんに不誠実なのかもしれない。でも、じゃあどうすればいいんだろう。

「凛月君のことは好きだよ。勿論、幼馴染として。」

「名前は幼馴染だから、プロデューサーだからって気持ちが強すぎて俺のこと全然見てくれてない。」

「………、うん。」

否定は出来ない。酷く傷ついた顔の凛月くんは私の頭を抱え込むと痛いぐらいに回した腕に力をいれた。その痛みは凛月くんの胸の痛みに比べたらなんてことは無いんだろう。
枕元の携帯が何処かからの着信を知らせていた。