目覚めは最悪だった。なんだか体がだるい。重い、起きたくない。昨日のことを思い出すと頭痛がする。真緒くんとの誤解は真緒くんサイドが全部片付けてくれたので大きな騒ぎにはならなかったが問題は凛月くんだ。
私は、凛月くんが私を好きだなんて1度だって考えた事がなかったし、そもそも本人と恋愛に関する話をしたことが無い。

「凛月くんも人を好きになるんだなあ。」

それにしてもなんで私なんだろう。芸能界に居ればもっと綺麗な女の人は沢山いるだろう。正直うちのメンバーだってみんな可愛い。それぞれの魅力がある。対してきちんと女性としての魅力を出せてるかも分からない私に恋なんてすごい不自然。だったら真緒くんと凛月くんが付き合う方がしっくり来るくらいだ。
時計を見て慌てる。今日はスタジオを空けないといけない日で、もたもたしてたら佐々井さんだけに片付けをしてもらうことになってしまう。私は急いで家を出た。


「あ〜っ、ごめんなさい佐々井さん!遅れました。」

「遅いぞ〜?」

揶揄うようにニヤニヤする佐々井さんに私はため息をつく。

「…昨日も言いましたけど、真緒くんとは何にもないんですって。んも〜、友達と会ってるだけでこれですもん。」

「なあんだ、つまんないの。」

佐々井さんを小突きながら車に衣装を詰める。撤収作業が終わり少しだけ打ち合わせをしてお開きにした。車を見送ってからどうしようかと腕を組む。このまま家に帰っても良いが勿体ないような気もする。ううん、と唸ってると肩口をつつかれた。

「え、」

そこにはあんずちゃんがいて何かを言いたそうにしている。私は固まって動けなくなってしまった。

「あ、ええと。久々。なんだか騒動を起こしちゃって本当にごめんね。あの、真緒くんとは何ともないから。」

「あ、そのことじゃないの…!名前ちゃんどこにも属してないプロデューサーだったから連絡取れなくて…。Trickstarの事で依頼があったんだけどそういうのってどこから申し込むべきなのかな、って思ってたら本人が居たから。」

ひゅ、と喉がなった。名刺を震える手で取り出すとあんずちゃんに押し付けた。

「そこに連絡先書いてあるからそこからお願いします。」

思わず業務の口調になるが一刻もここを離れたい私は早口でそれを言うと踵を返した。思った以上にTrickstarとあんずちゃんに苦手を感じてしまっている。こういうのって良くないとは分かってる。でも、まだ幼稚な私は上手く心を消化できないようだ。


再びどうしようか、と公園のベンチに腰をかけた。とりあえずご飯を食べたい。どこかランチを、と探していると横に誰かが座った。す、と横に避けて携帯とにらめっこ。

「名前」

思わず肩を震わせると隣を見る。

「どこから出てきたの、凛月くん。」

「いやあ、収録予定の番組がバラけちゃってどこか寝れるところ〜、って探してたら名前が居たから来ちゃった。何してるの?」

「別に…。」

昨日のことでやや気まずさを感じている私はそっぽをむいて誤魔化した。ふぅん、と凛月くんは言うとぱっと携帯を覗き込んでくる。

「わ、ちょっと!」

「なんだ、ご飯食べるところ探してんの?じゃあ俺もご飯にしようかな。」

「勝手に見ないで。」

携帯がメールの着信を知らせる。仕事の話かなとメールを開いて眉を顰めた。あんずちゃんから作曲の依頼だった。ああ、もう、と一気に憂鬱な気持ちに支配されるとなんて返そうか爪を噛む。

「だめでしょ。」

凛月くんが優しく私の腕を引くと携帯を奪い取り電源を落とす。そのまま引っ張られてベンチから離れる。無言の凛月くんはずんずんと歩いていくので私は転ばないようにと必死でついて行く。

「なんか嫌なことだった?」

前を向いたままの凛月くんの声は風に乗ってやってきた。私は言葉に詰まる。Trickstarの曲を書きたくないだなんて口が裂けても言えない。
黙ってる私を急かすことをしない凛月くん。無言がつらくないって楽だなあ。普段の凛月くんは怖くないしなんだか寄り添ってくれるお兄ちゃんみたいな人で私はその空間が好きだった。居心地の悪くなった学園生活の中でその空間だけが私の中で落ち着く場所だった。と、言っても彼はいつも寝ていて言葉を交わすわけでも何をする訳でもなかったのだけど。

「ねえ、凛月くん。」

「なあに。」

「今更ですが、学生時代はお世話になりました。とても感謝してます。」

「はあ?なにそれ。変なの。」

セリフはトゲトゲしてるけど声は優しい凛月くん。こういう所はとてもお兄さんでさすがだなあ、と手を引かれながら笑いが漏れた。