「お友達は大事にしないと駄目よ。」

ふと、母が私に繰り返し言った言葉を思い出した。ハッと我に返ると窓に映るぼんやりした自分と目が合う。

「…、」

ひどい顔だな、とため息つくとカーテンをしめた。パソコンに向き直るとがちゃがちゃと作曲の続きを始める。キーボードを引き寄せ音の確認すると安っぽい音を適当に出した。
母親の言葉を思い出したのは先日たまたまつけたテレビ画面で見つけた幼馴染達が原因だ。私の担当しているアイドルたちがそこそこ売れ始め大きな音楽番組に呼んでもらえたのだ。そこに昔なじみの真緒くんと凛月くんが出ていた。何年ぶりかに見る友達は立派なアイドルになってて私は感傷の渦に飲み込まれ今日まで引きずっている。
自分から連絡を絶ったものの同じ業界にいればいやでも彼らの噂が耳に入る。少しでも離れたくてせめて、と女性アイドル限定でプロデュースを仕事とさせてもらっている。

「ん〜、」

作曲が進まない。もやもやと気持ちがくすぶって何にも考えたくない。いい大人が何やってんだと昔の私が見たら叱ってくれるだろうか。傍らに置いた携帯が着信を知らせてくる。ああ、誰とも話したくないな、と一瞬見ないふりを決め込むが鳴り止まないそれに降参した私はのろのろとボタンを押した。

「はい、名字です。」

「あ、名字さん?生きてた?」

担当アイドルのマネージャーの佐々井さんの明るい声が耳に飛び込んでくると私は内心ため息を吐いた。ああ、うるさい。

「生きてますよ…!」

「それはよかった。どうせ飯食べてないだろ?今からでれる?飯行こう、飯。」

確かに今日はまだ食事をしてない。しかし気分は乗らない、どうしたものかと黙っていると

「じゃあ、30分後に迎え行くんで準備しといて!」

と押し切られてしまった。ツーツー…と無機質な音が響くといよいよ大きな息を吐く。流石に部屋着では出かけられない。30分は短い。なんとか出かけられる格好をするとマンションのエントランスに降りる。佐々井さんはもうすでに車で携帯を弄って待っていた。慌てて助手席の扉をノックすると人の良さそうな笑顔で鍵を開けてくれた。

「相変わらず死んだ目してるなあ。」

「余計なお世話です。」

シートベルトを締めると文句を言う。隣で笑う声を不機嫌な気持ちで受け止めると車を出すように催促した。

「何か食べたい物ある?」

「曲が書けそうなくらい元気になる食べ物。」

「…、難しいお題だな。」

と、言っても私がこういうと必ず連れて行かれる場所は決まっている。ほんの少ししゃれたカフェみたいな所に連れて行かれるのだ。仕事をしている人やら談笑している人色んな人がそれぞれのことをしているのでなんとなく心地良い。
暫く車を走らせ案の定例のカフェの駐車場につくと私は先に席を取るために車を降りる。ちりんちりんと入店のベルが私を迎える。

「いらっしゃいませ!」

はつらつとした店員の声に気圧されながら奥の席に身を沈めると携帯を取り出して佐々井さんを待つ。仕事のメールを何件か返すと丁度車を置いてきた佐々井さんが目の前に座る。

「どーよ、曲の方は。」

「全く書けない。そろそろ新しいの出したいんだけどごめんね。みんなの様子はどう?プロデューサーなのに最近様子見に行けてないのは反省してる。」

灰皿を引き寄せる佐々井さんの手元を見ながら申し訳ない気持ちから眉を寄せる。

「いや、まあ最近うちの子達だけじゃないからなあ、名字さんは。それなりに忙しいの分かってるし。ただ曲は早く上げてほしいとは思ってる。」

「う。……とりあえず、この間話してたライブの話なんだけどそろそろもう少し大きい所でやってもいい気がしてて資金はこっちでなんとかするからさ、それでもいいよね…?」

持参してたスケッチブック広げるとステージ構想を見せる。煙草口にくわえ じ、とスケッチブックを見る佐々井さんに内心怯む。何年もこの業界で仕事をしているが未だに自信がない。評価はそれなりにされていると思う。でもその評価が正当なものなのか自信が無い。
私の母親は名の知れたピアニスト、父親は作曲家。親の恩恵でここまで来てしまったんでは無いかと卑屈になる事は1度や2度ではない。

「うん、いいんじゃないかな。やっぱり名字さんはうちの子達のことわかってるなあ!」

ほ、と息をついたところで佐々井さんがスケッチブックを私に返してくれた。それを受け取り数枚確認するように捲ると佐々井さんの携帯が鳴った。

「あ、ごめん。ちょっと席外す。」

慌ただしく外に出ていく後ろ姿見送ると丁度店員さんが通りかかったので呼び止め軽食を注文した。待っている間なにか浮かばないものかと楽譜を引っ張り出して見るもののやはり簡単にはいかない。にらめっこしてやっと導入のコードの案が浮かぶ。そこで前の席に人が座ったので 佐々井さんが帰ってきたのかなと顔を上げて固まった。

「見ぃつけた。」

頬杖をついてこちらを見る紅い瞳。

「………え、なんで。」

朔間凛月くん。後ろの方でもう1人の声が聞こえて視線動かすと鳴上くんが 「あらまあ!」と驚いた顔でこちらを見ているのが見えた。

「久しぶりだねえ、名前。俺とま〜くんを放って何処いってたの?」

嫌な汗が背中を伝って体が固まっていく。タイミングが良いのか悪いのか佐々井さんが携帯をしまいながら戻ってくる。

「悪いね、おまた……せ、って…。」

佐々井さんは目を真ん丸にすると鳴上くんと凛月くんを交互な見てから私を見た。凛月くんは不機嫌そうに眉を顰めると私をじろりと睨んだ。

「誰こいつ。まさか彼氏だなんていわないよね?」

こんな怖い凛月くんは初めて見たなあ。