学生の頃、私はプロデューサーという言葉に仕事という意識は無かった。文化祭っぽいことの延長戦、こっちが楽しければファンも楽しんでくれると思ってた。1度だけ先生にプロ意識が足りないって言われた事がある。趣味の延長の私と、短い青春をかけて輝くアイドル達。当たり前のように気持ちには大きな差があって私はそれに気が付かなかった。多分、それが原因で私はみんなの革命の仲間に入れなかったんだと思う。
ぱぁん!と大きな音が近くで鳴ったことに驚くと体を震わせた。目の前に月永先輩の手があって、ああ、猫騙かな?とほんの少し回っていた頭で考える。

「話、聞いてたか!?どうだった?って聞いたんだけど!」

「え、あ、ご、ごめんなさい。少しだけぼんやりしてたみたいで…。ちゃんと見てなかったので…。」

ごめんなさい、と謝罪を重ねると怖い顔をした瀬名先輩と目が合った。先輩のこの顔は昔から苦手だった。こういう時の先輩は徹底的に痛いところをついてくるし、曖昧にプロデューサーをしてた私は太刀打ちする術もなく完膚無きまでに叩きのめされることが多かった。なんでそんな意地悪なことばかり言うんだろう、と疑問に思ったこともあるが、今思えば先輩はいつも正しかった。

「アンタねぇ、それでもプロデューサーなわけ?」

「ご、ごめんなさい。あー、ええと、わたしそろそろ行きますね。お邪魔しました。」

誰の顔も見ずに逃げるようにしてレッスン室を出る。途端に信じられないぐらい冷や汗が出始める。バクバクと鳴る心臓を押さえつけるとフラフラと歩を進めた。
私はもしかしたらこの仕事に向いてないのかもしれない。やり甲斐は感じている。けど、やり甲斐だけじゃダメなのかも。私の携わっている子達も青春をかけて輝いている。私次第であの子達は青春と共に死ぬのだ。ゾッとした私は肩を摩った。

「( やな事を考えてしまった )」

スタジオに入り込むと制作をするために並べたトルソーを見つめる。1度ネガティブのスイッチが入るともう全部がダメに見えてしまうのは昔からで、試行錯誤をしてやっとこさ完成に近づけていた衣装が途端に陳腐なものに見えてきてしまった。悲しくなってきた私は衣装に手をかけるが、ぐちゃぐちゃにする勇気も出ずきつく目を閉じた。真っ暗な瞼の奥がチカチカする。
仕方なくそのまま衣装作りを再開した。動いた時にふわっとスカートが揺れるような作りにしたくてパニエをふんだんに使っている。もう少しあってもいいかなとは思うけどそれはみんなに着せてからまた考えよう。


随分かかって衣装を仕上げると帰り支度を始める。明日みんなを集めてフィッティングしたいなぁ、とスケジュールを佐々井さんに確認のメールを送る。やっぱりバスの時間は今日もぎりぎりで慌てて部屋を飛び出ると何かに足を引っ掛けた。

「!!?」

後ろを見ると誰かの足に躓いたらしい。廊下に投げ出された足は相当邪魔者だった。文句を言おうと相手の顔を見る。

「り、凛月くん!?」

廊下で座り込んで眠りこけている幼馴染の姿に言葉を失うとため息をついた。最近、無駄に二酸化炭素を放出している。

「ちょっと、凛月くん何でこんな所で寝てるの…。」

肩を揺らしても起きない。困った私は時計と凛月くんを交互に見る。やむを得ないなあ、と電話帳を開くが誰に連絡していいか分からない。佐々井さんは凛月くんの地雷っぽいし、瀬名先輩に連絡なんて怖くて出来ない。

「凛月くん起きて〜、なんでこんな所で寝てるの〜!?」

連日バスを逃すなんて本当についてない。とりあえずここは邪魔だ。スタジオの鍵を開けると凛月くんを引きずって中に入れた。床に転がすと使いかけの布を申し訳程度にお腹にかける。

「………名前?」

ぼんやりした優しい声が聞こえて私は凛月くんの顔を見た。うっすらと開いた瞳の隙間から私を捉えている。

「おはよう。なんで廊下何かで寝てたの?凛月くんのせいでバス逃しちゃったじゃん。」

「…ふふふ、バスより俺をとってくれたんだねぇ。」

呆れた私は立ち上がろうと腰を浮かした。いらいらする。凛月くんのばか。ぐん、と腕を引っ張られ私は床に逆戻りした。

「どこいくの?」

文句を言うのも忘れるぐらい冷たい声。凛月くんをよく見ると若干寝ぼけているようだ。どこも行かない。と苛立ちを隠さず伝えると満足そうにまた眠りにつく。
結局凛月くんが何のためにあんな所にいたのか分からないまま夜を明かした。