凛月くんという嵐が去ってから暫くして控えめに扉が叩かれた。誰だろう、と恐る恐る扉を開けると突然の訪問者は跪いた。

「名前お姉さま…!ああ、お変わりないようですね。私のこと、覚えていらっしゃるでしょうか…?」

サクランボのような美しい髪の色の青年。あどけなさの残る不安げな表情には見覚えがあった。

「つ、司くん…?」

ぱあ、と瞳が輝いた司くんは勢い良く立ち上がるとぎゅう、と私の両手をとった。なんだか流暢な英語を一つ言われたがイマイチ理解出来ないまま頷くと司くんはゆっくり手を離した。

「ずっとお会いしたかったんですよ!今まで何処に居たんですか、心配してました。ああでもこうしてお姉さまは私の前にいらっしゃる!今日はなんて素晴らしい日なんでしょう!」

「あ、え、うん…!そうだね!」

司くんは随分背が伸びたようで私と同じぐらいの目線だったはずなのだが頭1個分は確実に違う。男の子の成長とは恐ろしい、と司くんを見上げた。

「凛月先輩からお忙しいとは聞いていたのですがどうしてもお会いしたくて…。ご迷惑、でしたか…?」

驚いている私の反応がイマイチだったのが気になったのであろう。慌てた私は両手を振る。

「いやいやいや!すごい嬉しい…!私も司くんに会いたかったよ。それにすごく大きくなったねぇ。先輩感激しちゃった…!」

「ふふん、この朱桜司、かなり成長致しました!お姉さま、大きくなった司は如何ですか?」

「うんうん、とっても可愛いよ!」

若干テンションの高い司くんに圧されながら相槌を打つとややショックを受けたような顔をした。何かしてしまったか、と様子を伺うと拗ねたように顔を背けてしまう。

「私は可愛い、という表現は卒業したいのです!かっこいい、そうおっしゃってください。」

「な、なるほど。」

そういう所が可愛いんだよ、という言葉を飲み込む。司くんは申し訳なさそうに項垂れると

「ああ、そういえばお姉さまはお忙しいんですよね。私はそろそろお暇しましょう…。」

と言った。その姿がまるで子犬のようできゅんと先輩心を擽られる。相変わらず無邪気で可愛い司くん。

「いやいや、大丈夫だよ。ここあと1週間は借りてるし。もうすぐ衣装もできそうだし。お気遣いありがとう。」

「本当ですか!?それでしたらお姉さま、これからLessonなんです。宜しければ少しだけ覗いていかれませんか?また名前お姉さまのご教授を賜りたいです!」

しまった、と思った時にはもう遅かった。困ったことに先ほど凛月くんと一悶着あった所なのだ。ここで顔を合わすのはとんでもなく気まずい。私が!

「ええ、あー。でもほら、迷惑になっちゃうし、私最近女の子アイドルしか見てないし、うん。ほら、あんずちゃんにも悪いし。」

「本日はあんずお姉さまはいらっしゃいませんが…。やはり私のわがままはお姉さまにはご迷惑だったでしょうか…。」

くーん、と音がしそうな司くんの視線に私は昔から弱かった。しどろもどろと言い訳めいた言葉を並べるも司くんは元気にならない。こんな状態で戻したら瀬名先輩に何を言われるか分からない…!

「ええと、10分くらいなら…。」

「Marvelous!ありがとうございます!」

私の手を引っ張る司くんを宥めて鍵をかけると引きずられるようにして歩く。凛月くんを思うと足取りは重かった。
少し離れたレッスンスタジオの扉を開けた司くんは元気よく ただいま戻りました!と宣言をする。大きくなった司くんの後ろに隠れるようにしている私にいち早く気が付いたのは月永先輩だった。

「お!!名前だな!」

私を司くんから引っぺがすとむりやりぐるぐると踊り回される。

「うわああ!!なんなんですか!やめてください!!」

「わははは!オレに会えて嬉しい?そうかそうか!オレもだぞ!」

「Leader!!おやめ下さい、女性はそのように扱ってはなりません!」

今度は司くんが私を奪い返す。ホッとした私は再び司くんの後ろに陣取る。すると後ろからのしり、と何かが乗った。絶対に凛月くんだ。

「名前ったらス〜ちゃんに駄々こねられてきちゃったんだねぇ。ス〜ちゃんのお願いなら来ちゃうんだ〜、へぇ〜。」

どこか責めるように言葉を発する凛月くんへの返答を困っているとぱんぱん、と空を叩く音が聞こえた。

「ちょっとぉ、コント見てる暇はないんだけどぉ?ほら、時間も限られてるんだから練習するよ。」

私はするりと凛月くんの腕の中から抜けそそくさと隅にはける。この隙に戻ろうかと思ったが瀬名先輩がそこに座ってなと椅子を出してくれてしまったので仕方なく膝を抱えて座った。

「あら。パイプ椅子で体育座りだなんて器用ね、名前ちゃん!」

近くに居た鳴上くんが驚いたように声を上げた。そうかな、と首を傾げて曖昧に笑って返す。

「ねえねえ、聞いたわよ。凛月ちゃんにけっこう酷いこと言ったんですってね。」

こそ、と耳打ちされる言葉に固まる。酷いこと!一緒に居られないってことだろう。確かに酷いことだと思うけど、凛月くんめ、みんなに言わなくても良いじゃん…!
じろりと凛月くんに視線を送ると気がついた凛月くんがへらりと笑って手を振った。