「ごめんね、散らかしてて。適当にどうぞ。」

スタジオに入ると衣装作成のために散乱させていた布を端に寄せる。凛月くんは言われた通り適当に座ると所在なさげに指遊びをする。
その様子を見て随分昔の凛月くんを思い出した。小学生の凛月くんは全く学校に来なくて家が近かった私と真緒くんはプリント係で毎日のように配られるプリントを2人で仲良く届けに行っていた。学年が違うのにおかしな話だがどうやら同級生は気味悪かって行きたがらなかったらしい。あまりにも白い凛月くんに初対面の私がお人形みたいとはしゃいでしまった。そんな私を見てすごく嫌な顔をした凛月くんは、今と同じように指をくるくると回して俯いてしまったのだ。

「……、」

端に寄せた布から離れるとお茶を入れて凛月くんに近寄る。パイプ椅子に項垂れて座る凛月くんは本当に大人しくて、あまりの静かさにねてるんじゃないかと慌てて下から覗き込むと驚いて目を丸くした彼がいたので安心する。固まってしまった凛月くんをそのままに私は口を開いた。

「…私、あの日のことを忘れようとしてたの。もしかしたら凛月くんにあんな事言ったのも全部から逃げたかったからなのかも。」

「……、」

「あの時泣いてた理由は凛月くんや、勿論真緒くんにも言いたくないけどそれは2人のことを信頼してないとか、嫌いになったとかじゃなくて…。ずっと一緒に居たからこそ知られたくない私の姿があるの。」

「……今さらどんな名前の姿を見たってオレもま〜くんも、何とも思わないよ。だから知りたい。」

凛月くんは丸くしていた目を寂しそうに細めると小さな声でそう呟いた。私はその言葉に首を振る。あんずちゃんへの嫉妬だとか、仲間はずれにされて寂しいだとか、そんな気持ちを私が抱いてるだなんて知らないからそんな事を言えるんだ。それにそんな感情を知られるのはそっちが良くても私が嫌だ。


「違う、凛月くん。凛月くんは分かってない。だから言えないの。真緒くんにも誰にも分からないよ。」

「どうしてそんなこと言うの。やだよ。突き放すような事言わないで…!」

悲鳴みたいな凛月くんの声に今度は私がぎょ、とする番だった。まずいなあ、これは仲直りどころじゃないぞ。

「凛月くん、落ち着いて。」

「名前にTricksterの手伝いなんてさせるんじゃなかった。あの時からなんだかおかしいんだもん。ずっと一緒に居たからわかる、なんか名前は変だった。」

「………、」

ごくり、とつばを飲み込む。紅い目に狼狽えるとすぐに立ち上がる。少しだけ距離を置こうと後ずさると腕を掴まれた。

「待って、俺から離れないで。」

「凛月くん、痛い。」

なるべくあやす様にして私に掴みかかる手に触れる。凛月くんは我に返ったようで手を離すが視線は私から逸らさなかった。

「……ずっと、年寄りになっても、死ぬまで一緒に居るって今ここで約束して。」

真緒くんにも言ってたのを聞いたことがあるような台詞だ。幼馴染に凛月くんが言う常套句。そう思っても、一般的にみてプロポーズのような台詞に怯んだ。大きく息を吸うと心を落ち着かせる。

「…、凛月くん、ずっとは一緒に居られないよ。私には私の人生があるし、いつか結婚をすれば人生の順位は変わっていくの。いつまでも幼馴染の2人を私の一番にしておけない。」

きっと私は凛月くんにとって酷いことを言ってると思う。でも言わないと、って思った。じゃないと凛月くんは一生このままだし私の為にも良くない。やはり私達はそれぞれの道を行くべきだ、と拳を強く握る。弱っている凛月くんを見て気持ちがほんの少しだけ揺らぐ。
大切な友達に別れを告げるのはこんなにも辛いのかと、改めて知った。