あの日から私はまたスランプに陥った……、と言うことは無くて曲は1曲仕上がったし部屋も綺麗にして気分もスッキリした。暫く連絡を取って無かった両親とも電話で話して食事の約束したり、新曲のダンスを考えるために公民館に通ったりと活動的だった。ライブをするための資金も集まってここでやろうと考えていたステージより大きいところを押えることができた。

「最近名字さん調子いいね!いやあ、順調順調!」

佐々井さんは嬉しそうにスケジュールを確認する。発売が始まったチケットの売れ行きは好調のようだ。よかった、と安心をする。皆に会場を発表した時本当に喜んでくれた。最初は大喜びだったのに1人が泣き始めるとドミノみたいに連鎖して佐々井さんまで泣いてしまったのは記憶に新しい。

「あんな大きい所でできるとおもってなかったなあ。」

「………これからもっと大きなステージでやる機会増えると思うので…。」

え、と佐々井さんは私を見る。

「……ドームでライブ…、したいです。」

ぽかんとした後、佐々井さんはまた泣いた。長い間燻っていたのはあの子達だけじゃない。佐々井さんだってずっとみんなを支えて励まして長い間一緒に居たんだ。気持ちは一緒だったはず。

「まだ内緒ですよ。どこかでファンにも、皆にもサプライズで発表したいので。まずは目の前のライブをクリアしてスポンサーを増やさないと。」

メンバーの為や、私にも優しくしてくれる佐々井さんの為にも頑張らないと、と気持ちを引き締めると衣装の仕上げにかかった。


あまり張り切りすぎるのもよくない。時間を気にしなくなってしまうのだ。スタジオの鍵を閉めると終バスの為に走る。佐々井さんは別の現場に移動してしまったので期待はできない。バタバタ走っていると角から人影が現れた。危ない、と思った時にはもう遅くて鈍い音を立てて私はその人とぶつかってしまい抱えていた新譜をぶちまけてしまう。

「ごめんなさい!」

楽譜を集めながら謝る。人の顔も見ないで謝るの事が失礼なのは分かっているが申し訳ないことに終バスへの気持ちの方が上だった。

「あら?名前ちゃん?」

「え、」

ぱっと顔を上げると鳴上くん。更に慌てた私は最後の譜面を拾い上げるとすぐ立ち上がり、じりじりと後退した。

「あ。うん。ごめんね。ええと、ばいばい。」

すると後ろからがっしりと誰かに肩を掴まれた。

「ちょっとぉ、アンタ前見て歩きなよね。あとナルくん遅いんだけど!」

「ごめんなさいね、可愛い女の子とおしゃべりしてたからアタシも急いでた事すっかり忘れちゃって。」

新しい人物が誰だかすぐに分かった。学生時代、わたしを散々いびり倒した瀬名先輩。あんずちゃんにはわりと優しかったのに私には微塵も優しくなかった苦手な先輩だ。気が付かないふりをして去ろうと自分でも驚くぐらいか細い声で謝る。そのまま小走りで瀬名先輩の横をすり抜けようとしたがそれは叶わなかった。

「はい、待った。久々の先輩に挨拶もないままどこ行こうとしてるのかなあ、名前?」

冷や汗が止まらなくなった私はおずおずと彼を見上げると精一杯の力で一言だけ発した。

「お、お久しぶりです、瀬名先輩…。」