私は黙っていた。後ろからは凛月くんの怒ってる雰囲気はちゃんと伝わってきている。幼馴染みだから全部話せるわけじゃない、って言い訳はきっと火に油だろう。目を伏せるとどうしようかと考える。

「貸して。」

「え、あ、ちょっと!」

私の手から鍵を奪い取ると大きく音を立てながらロックを開けた。扉を開いて凛月くんは私を部屋に入れる。ばん!と玄関のドアが閉まったのを聞いて肩を震わせた。

「……、」

そりゃあ、凛月くんは面白くないだろう。仲良くしてやってた幼馴染みが姿を眩ませて久々に会えばこの態度なのだ。でもそんなに怒ることじゃないと思う。

「早く中入ってよ。」

押された私はよろけながら靴を脱いでリビングへ向かった。なんだか嫌な雰囲気に拳を固く握る。凛月くんが少しだけ怖かった。後ろから付いてきた凛月くんはそのままソファーに腰を下ろすと私を紅い瞳で睨みつける。私はリビングの扉の前で立ち尽くす。まるで親に怒られた子供のようだ。

「まず一つ目。なんで急に居なくなったの?この間も言ったけど本当に心配した。」

「……言いたくない。」

「…ふぅん。」

怒り方が瀬名先輩に似てきたなあ、とこっそり考えると爪を弄りながら下を向く。

「じゃあ、二つ目。なんで泣いてたわけ?」

「それはもっと言いたくない。」

耳がうるさいぐらいの沈黙が訪れる。暫く沈黙を聞いていると影が落ちた。え、と顔を上げると凛月くんが冷たい目で私を見下ろしていた。そのままリビングのドアに押し付けれると私は驚いて目を見開く。

「俺には言いたくない?あの男には言った?相談したの?教えてよ、名前。」

凛月くんが知らない人に見えた。それが"怖い"と感じた私は自然と足の力が抜けてしまい凛月くんに支えられる形になる。す、と目を細める凛月くんは私の首筋に指を這わせた。

「答えてよ。」

「………凛月くんに、関係ない、」

私の言葉にぽかんと表情崩すと凛月くんの腕の力が抜けた。私はずる、と床にへたり込むと自分の肩を抱いた。少しだけ震えている。

「なんで?俺たち幼馴染みでしょう、なのに、なんで…。」

凛月くんも床に膝を落とすと私の両頬に手を添えて上に向かせる。そこにはもう、怒ってた凛月くんは居なかった。

「りつくん、」

「名前に、甘えすぎちゃった…?だから鬱陶しくなった…?俺は久々に会えて、本当に嬉しかったよ。ま〜くんもきっとそう。でも、どうして、名前は苦しそうなの…。」

凛月くんはゆっくりおでこを合わせると私と視線をしっかり合わせる。ぼたり、と凛月くんの目から涙が零れた。それを隠すように瞼が閉じられる。綺麗だな、と凛月くんの顔を見つめているとそのまま唇を押し付けられ、私は驚いて固まってしまう。少しだけ凛月くんの唇はカサついていた。暫くそのままの状態だったが凛月くんはハッとしたように体を離し、視線を逸らした。真っ黒な髪が彼の表情を隠してしまう。

「……凛月くん、私達もう会わない方がいいんだと思う。」

呆然とした私が吐いた言葉にピクリと指先を震わせた凛月くんはゆっくり立ち上がって、そのまま私の部屋を後にする。ばたん、と先ほどと違って力なく閉まったドアの音を聞いて私は声を殺して泣いた。