こうして二人、薄氷の上

「 ……はあ。」

空き教室に逃げ込んだ私は膝を抱えていた。どういう顔をして戻ればいいんだとため息をつけばより一層強く膝を抱え込む。本当にプロデューサー失格だ。大神くん、というよりプロデュースしなくてはならない相手からそう言われてしまえばそれが真実なんだろう。あんずちゃんを羨むばかりの私はほんと惨めだ。
謝ろう。そう決意して立ち上がる。もう無理だ。この学園から居なくなりたい。転入だなんてなんでしちゃったんだろう。もやもやと思考を巡らせながら教室を後に走ってきた道を引き返す。

「名前ちゃん!」

後ろから声をかけられ肩を震わせる。恐る恐る振り返れば羽風先輩が居た。自分がひどい顔をしているのが分かっていた私は慌てて顔を下に向けた。

「…こんにちは、先輩。」

近くに先輩の足が見える。こんな情けない姿見せたくなくて数歩下がった。

「名前ちゃん、」

頭上に先輩の優しい声が降りかかる。ぎゅう、と眉を寄せると涙を堪える。どうせ、平等に接してくれてると思ってた先輩だってホントは大神くんと同じ事を思ってるに違いない。そう思うと苦しくて苦しくて仕方がなかった。みんなきっと影で私の事をあんずちゃんと比べて笑ってるに違いないんだ。今の私はそんな卑屈な事を考える頭しかない。

「なんですか。何か用ですか。」

自分でも驚くほど冷たい声が出た。ひゅ、と喉がなってますます苦しい気持ちになる。
落ち着くために1度鼻をすん、と鳴らして先輩に背を向けた。

「私、やっぱり戻ろうと思うんです。元の場所に。」

「え?」

「最初からテストケースだなんて断れば良かったって思ってて。無理なんです、もう。」

肩が震える。ぎゅうと自分を抱えるように腕を回すと歩きだす。2winkにきちんと謝ってあんずちゃんにも負担が増えることを謝って、あとそれと、大神くんにも……謝らないと。

「待って」

先輩の声がして肩を掴まれるとぐいっと向き合う形にひっくり返される。驚きで声も出ない。視界は先輩の洋服でいっぱいになる。

「ごめん、多分そんな事言わせてしまったのは俺が原因かも。」

上を見上げると悲しそうな顔をした先輩と目が合った。え、と言葉を漏らすといつかの昼休みのように唇を塞がれた。驚いた私は腕から腰を引くようにして逃げようとするが、がっしりと腰を支えるように掴まれて身動きがとれなくなる。1度唇を離した先輩は切なそうに眉を寄せると再び私の唇を塞いだ。ぬるり、と暖かい何かが私の上唇をなぞった時。
ぱしん、と乾いた音が誰も居ない廊下に響く。軽く息を乱した私はじんじんとする掌を呆然と見つめる。私は、羽風先輩を叩いた。アイドルの顔を、叩いた。さあっ、と血の気が失せる。なんで私は…、私は。

「 ……ごめんね。」

先輩にそう言われてゆっくりと顔を上げる。すっかり緩くなっている涙腺のせいで再び頬を伝う涙。それを見た先輩はまた悲しそうな顔をして私から視線を逸らした。

「ごめんね。でも、俺は、名前ちゃんの事が…、」

聞きたくなかった。何を言われるかなんて知らない。けど、今は聞けなかった。先輩を叩いてしまった手を握るとごめんなさい、と告げそのまま逃げた。なんで今日は人から逃げてばかりなんだろう。それは、きっと今までの私の行いが招いたものだ。あんずちゃんだったら、もっとスマートにこの事態を抜け出せたはずなんだ。私が、今まで…、一生懸命にやってるつもりだった。でも全てが伴ってなかったのだ。だから、こうなった。顔が商売道具の先輩の顔を叩くなんて私は、本当に


プロデューサー失格だ。


ぱりん。何かが割れる音がした。