口を噤むしかない世界は

凛月くんが後ろで駄々をこね始めたので私はベビーシッターか、とため息をつき恐らく私と凛月くんがいい仲だと勘違いしている先輩に別れを告げる。むしろ都合がいいと思った。これでもう無駄に絡まれる事は無いだろう。

「それじゃあ先輩。私はお守りがありますので。」

「え、あ、待って 」

先輩に呼び止められたのを聞こえないフリをして凛月くんを引き摺る。ちゃんと歩いてよね、なんて文句を言えば欠伸を返されてしまった。なんて憎たらしい。


放課後、急いで荷物を纏めていると大神くんの気配がした。慌てて教室を出ると双子の所へと走る。ああ、もう、執拗い。

「ごめん、お待たせ。」

中庭で待ち合わせした双子に声をかけると遅い遅いといちゃもんを付けられたのでぺしっとおでこを鳴らすと酷い酷いと文句の種類が変わっただけだった。しかし後輩は可愛いものでそういう文句をいう姿も何だかんだ愛すべき対象なのである。

「はいはい、昨日のところからもう1回やろうよ。ほらほら、位置について。」

がちゃがちゃとスピーカーの用意をしながら予定管理表を開くと順調なスケジュールに思わずにんまりする。
明日は前々から予約してた講堂を使わせて貰える日。2winkのパフォーマンスはやっぱり大きな舞台でこそ映える。素人プロデューサーだけど、やっぱりなんだかんだ些細な事でやり甲斐を感じるのだ。わくわくと練習の用意をしていると私の考えている事を邪魔するようにガサガサと大神君がやって来た。やれやれと肩を落とすと腕を組んで邪魔しないでアピールをしても大神くんには通用せず私の視線は跳ね返された。

「てめ〜!約束しただろ!」

「了承してない。断ったでしょ。」

短くそう答えると不穏な雰囲気を感じ始めた2winkがなんだなんだとこちらを心配そうに見ている。申し訳なさを感じながらも睨み返すと大神くんはすこしだけ怯んだ。そのまま勢いに任せてぐいぐいと追い返すと大神くんは往生際悪く何かを喚いている。冷静では無い大神くんが私に全ユニットの要望に均等に応えられないなんてプロデューサー失格だと私に言い放った時、ぷつん、と何かが切れた。

「…あんずちゃんがくる時の方が嬉しそうなくせに都合のいい時だけ私を呼び付けないで!!」

ハッとして大神くんを見るとやってしまったという顔をしている。私もこんなもやもやした気持ちをぶつけてしまうなんて思っていなかった。
後ずさるようにして離れると気が緩んだ私の目からぼろりと涙がこぼれ落ちた。やだな、私ってやなやつだな。双子に挨拶もそこそこに走って逃げた。逃げるだなんてまるで言葉を失ってしまったみたいだ。
大神くんは悪くない。悪いのはスケジュール管理もまともにできない私なのだ。大神くんは正しかった。でも、私だって。そんな言い訳めいた言葉を頭の中でぐるぐると回しながら頭の隅で思うのは一つ。

嗚呼、なんて情けない。