アイ・ワズ・ボーン

私は転校生である。
同時期にもう一人転校生がいた。彼女はとてもデキる子で順調にそして確実に私との距離を離して行った。私だって出来が悪いわけでは無いのだ。あんずちゃん程では無いがそれなりに忙しくしているし頼られる事だってある。
ただ、私は分かっていた。みんなあんずちゃんの事を一番頼りにしてたし贔屓していること。まあ、贔屓だなんて私のやっかみだけどそれも仕方無いかなんて思えるくらいあんずちゃんは別格だった。

「お、名前ちゃんじゃん。奇遇だね、デートする?」

一人だけ私をあんずちゃんとわけてくれる人がいた。それが羽風先輩。……というよりも私ともあんずちゃんとも何処かで線引きしてて踏み込んで来ないという方が正しい。だからこそ先輩は平等だった。

「しません。今日はあんずちゃんのプロデュースの日ですよ。ちゃんと出てくださいね。」

「そっか、残念〜。」

全く残念そうじゃない先輩は楽しそうに笑っている。私は鼻を鳴らすと出来るだけ軽蔑した視線を投げた。

「とにかく、あんずちゃんに迷惑かけないでください。」

「はいはい。で?名前ちゃんは?今日は何処のユニットに浮気しに行くの?」

「浮気ってなんですか。2winkです。」

彼らのプロデュースはなかなかに大変だ。他のアイドル達と方向性も違うしテクノポップだなんて彼らに出会うまで聴いた事も無かった。しかしその分やり甲斐を感じるし、双子ならではのシンクロが産み出すパフォーマンスは私がワクワクしてしまっているくらい素晴らしかった。

「ふ〜ん。なんか楽しそうだね。」

「え、そうですか?」

顔に出てしまっていたのだろうか。だだ実際楽しい事は真実だった。それを素直に伝えると羽風先輩はご自身の毛先を弄ってつまらなそうな顔をしてしまう。しまった。こう言った発言はプロデューサーとしては良くなかったかな。

「まあ勿論、どのユニットも違った個性がありますから一概にどこが一番楽しいなんてないですけどね。」

慌てて付け加えると羽風先輩の目がこちらに向いた。じ、と何かを探るように私を見ている先輩に数歩後ずさる。いいことを思いついたとばかりに表情を華やかせる羽風先輩に私の背中を冷たい汗が通った時だった。

「でも俺が名前ちゃんの中では一番だよね?」

思わず "はあ?" と先輩を見上げる。太陽の影で先輩の表情は伺いづらいがきっといつもの貼り付けたような笑顔で私を見下ろしているに違いない。何だか呆れてしまうな、と私は適当に返して先輩に背を向けた。

「はいはい。そうですね。私、忙しいので、これで失礼しますね。」

…あれ、おかしいぞ。進まない。私の腕が後ろに引っ張られて進まないのである。

「ヤッタネ。そんじゃあ俺と付き合おうよ。どう?俺が一番だもんね、名前ちゃん。」

「 は 」

今度ははっきりと見える先輩の目は意地悪そうに細められていた。きらりと照らされる綺麗な髪が私に影を作る。

「せんぱ、」

私の口から出ようとしていた "い" は羽風先輩によってぱくりと飲み込まれてしまったのだ。


馬鹿みたいに晴れた空も今は先輩のせいで見えないな。