アイドル達の引率でわたしは浜辺に居た。企業からの依頼での撮影なのでちゃんとした機材やらなんやらが運び込まれてるのをパラソルの下で眺めている。大掛かりだなあ。
平日の昼間。まだ海開きはしていないので人も疎らである。この美味しい仕事をどこのユニットに振るかはかなり悩んだ末に声をかけたのは衣更くんと朔間くんだった。私はユニットで考えるのをやめたのだ。衣更くんにした理由としてはやはり夏が似合うというのが大きな理由だった。夏のポスターだ。それはもう夏が似合う人間に頼むが良いだろう。朔間くんはたまたま隣に居たので声をかけた。正直勢いだし、朔間くんは別に夏感は無いけど麦わら帽子とか被せとけばそれっぽく見えるでしょ、と本当に安直な理由だし断られても特に私の中では残念でなかった。断られたら明星くん辺りに声をかけようと思ってもいた。これはプロデューサーとして適当すぎるかな、なんて内心反省会をしたが結果として引き受けてくれたのでよしとしよう。
ただ心配はあった。あまり朔間くんが肌を露出させる仕事をしているところを見たことがないという点だった。そもそもユニットがそういうイメージではない。きっちり着込んで見せませんよ!みたいなスタイルだし、まあ、朔間くんに関してはお腹見えてたりするけど…。がっつり脱ぐのはイメージないよなあ、と声をかけておいて人選ミスを感じて仕方なかった。

「おい〜っす!」

元気よく声をかけられたので振り返れば衣更くんとだれるようにして寄りかかる朔間くんが居た。急いでパラソルの下に2人を招くと今日の説明を始める。衣更くんは水を飲みながら頷いたりしながら資料に目を通している。こちらは大丈夫だろう。水着に着替えた衣更くんの腹筋は素晴らしかった。紛うことなき夏男。完璧である私の目に狂いはなかった。…問題は……。ちらりと隣を見ると暑さで茹だっているのだろうか。朔間くんはうえ〜と汚い声を上げて丸くなっていた。

「だ、大丈夫?!」

「へーき。触んないで。ねえ、もうさっさと終わらせて帰ろうよ〜、ま〜くん。」

「へえへえ。それがお望みならちゃんと話聞いておけよ。引き受けたのはお前なんだからな〜?」

分かってるよぉ〜と朔間くんは間延びした声で返事をすると私の渡したスポーツドリンクを飲み干した。いや、本当に大丈夫?
衣更くんはパーカーを私に預けるとスタンバイしていたスタッフの元へ歩いていく。私は残された朔間くんをのぞき込んだ。

「さ、朔間くん。無理そうならやめとこ。」

「はあ?馬鹿にしてんの?」

「してないよ!具合悪いなら衣更くんに任せちゃお。見て、衣更くんキラキラ輝いてる!海に似合う!」

じろりと私を見上げた朔間くんは パーカーを羽織り直すと紐をいじる。

「なあに?あんた ま〜くんみたいなのがタイプ?すごい褒めるじゃん。うざ。」

「いや、タイプとかじゃないけど。なんで?」

「ふうん? …まあ、俺は海ではしゃいでるま〜くんを見たいが為についてきたんだけどさ、仕事が絡んでるならちゃんとやるから安心してよね。」

そう、と返事をして衣更くんを見るとカメラマンさんに追いかけられていた。キラキラと水を飛ばしてはしゃぎ回る衣更くんを眺めながらやっぱり彼に頼んで良かったなとしみじみ思う。カメラマンも大満足みたいでみんなで楽しそうにしている。しばらく眺めていると朔間くんにも声がかかった。
だるそうにパーカーを羽織ったままゆっくりと日の下に出る。私も心配で後ろを着いてパラソルを出た。
朔間くんがはしゃぎ回っていた衣更くんにもたれるようにしてカメラに視線を向けた瞬間に空気が変わった。カメラマンは緊張した面持ちでシャッターをきる。暫くツーショットを何枚か撮っていたがカメラマンがスタッフに声をかけると板ほどある大きな浮き輪が運ばれてきた。朔間くんは言われるがままにそれに寝そべると頬杖をついてにっこりと含みのある顔を向けてカメラマンを喜ばせた。あれ、すごい。朔間くん絶対この仕事向いてないって思ってたのに。あれ?



「ちょっとちょっと!名前ちゃん!」

撮影後にカメラマンのスタッフに声をかけられた。片付けをしていた私はぎくりと体を震わせる。な、なんだろう。

「今日の撮影、昼間だけの予定だったんだけど夕方まで延長できない?朔間くんだっけ?あの子だけでもいいから!衣更くんも残ってくれたら嬉しいんだけど夕日の光でも写真がほしいんだよね。お願いしてみてもらえない?」

「え!あ、はあ。聞いてみますけど…、」

「ギャラもたんと弾むから!お願いね!」

私はノロノロと2人の所へ向かう。ギャラを弾む。悪い話ではないんじゃないかな。どうかな。時間延長の交渉は若干苦手だった。2人にも予定があるだろうし嫌な顔されたら嫌だなあとぶつぶつ心の中で文句をいいながら声をかける。

「あのね、相談なんだけど…。」

「え?撮り直し?」

「いや、思ったより朔間くんの評判が良すぎて衣更くんと夕日の風景をバックに写真とりたいんだって。ギャラも弾むって先方が言ってるんだけど…、ダメでしょうか…。」

「え〜、」

思った通り朔間くんは難色を示した。衣更くんは考える素振りをするも快諾してくれる。

「時間まで自由にしてていいんだろ?」

「う、うん。」

「じゃあおれは問題ないよ。この辺来たことなかったしさ。凛月と3人で時間潰そうぜ。」

「え、私もいいの?」

勿論!と笑顔を見せてくれるか衣更くんに私は感激してしまった。うう、頼んでよかった…!私がスタッフに声をかけに行くのにパラソルを出ると何故か朔間くんもついてくる。きっと恨み事を道中言われるのであろうと観念しながら隣を歩くが全く何も言われないので不安になった。

「あ、あの、朔間くん。」

「なに。」

「休みの日にごめんね。この仕事引き受けてくれたの感謝してます。」

様子を伺うと形のいい横顔が見えた。

「まあべつにいいよ、ホイホイ引き受けたのは俺だし。多少の労働はしないとま〜くんに迷惑かかるでしょ。」

「……うん、でもありがとう。」

会話がなくなってしまい私はどうしようかと砂を蹴ったがすぐそこのスタッフが待機しているに大きめなテントに着いたので特に気まずくなることも無かった。カメラマンに了承を伝えると朔間くんに あなた良かったわよ! と賛辞を送る。朔間くんはだるそうな顔を綻ばせると「どうもありがとうございます、」と返した。2人でテントを出ると朔間くんが笑う。

「ねえ、俺はモデルの才能もあるのかな。セッちゃんにあった時、報告してやろっと。」

「あはは、とっても良かったよ。最初声掛けた時はあんまり向かなさそう〜なんて思ってたけど大きな間違いだった。朔間くんに頼んで良かったよ。また宜しくね。」

私の言葉が終わると潮の香りが私たち二人を覆った。思わず風が来る方向に顔を向ける。開いた海がきらきらと陽に反射していて綺麗だな、と私は目を細めた。眩しい。

「うわっ、」

背中にどんっという衝撃がくると何かの腕が首周りに巻きついた。絶対朔間くんだ。

「ちょっとやめ、」

「ねえ。ドキッとした?」

近い位置にある朔間くんの形のいい唇がゆっくり弧を描く。

「ひ、」

混乱した私は朔間くんの腕を振りほどくと砂を舞い上がらせながら衣更くんの待つパラソルへ走った。後ろから愉快そうな朔間くんの笑い声が聞こえてくるのが腹立たしい。
私の夏が始まった。