ゆっくりと目を開けてから私は記憶を辿った。ええと、なんか真っ白い空間だ。あとはカーテンで覆われてて。保健室だ。そう思うと自分が何故こんな所で寝ているのか思い出そうとする。

「あ、起きた?」

「……明星くん?」

「そうそう、明星スバルだよ〜!良かった良かった。名前ったら熱中症でぶっ倒れちゃったんだよ。もう、ちゃんと水分補給しないとダメじゃない!」

なるほど。私は頷くと自分の状況にため息をついた。あれだけアイドルに水分補給しろとか塩分とれとか言っておいて自分がこのざま!全く笑いが出てしまう。

「ごめんね、ええと。私を運んでくれたのは…。」

「はいはーい!俺!」

「……そう、大変失礼しました…。」

あー、と唸りながらベッドから出ようとするとすぐに戻されてしまう。

「え、」

「今日はもう働くの禁止!だめ。もう少し寝ようね。」

肩まで掛け布団を直されるとよしよしとお腹辺りを叩かれる。私は困ってしまって明星くんを眺める。

「なに?」

「いや、レッスン行きたいなあって…。明星くんも戻りたいでしょ?」

「うーん。今はいいかな。名前が心配だし。目を離したら脱走しそうだし。」

しないよ…、と私は視線を逸らす。こんなことになるならちゃんと水分補給しておくんだったなあ。

「あとは寝不足だって先生が言ってたよ。」

「寝不足…。」

思い当たる節はあった。ここ最近季節柄なのかライブ依頼が立て込んでいたし企画書も没が続いていた。それに今回のライブに関してはあんずちゃんではなくて私が任されているのだ。責任が重い。

「…明星くん。やっぱり私戻らないと。」

「なんで?」

「今回はあんずちゃんにみんなの事、任されてるし抜けたくない…。」

もう〜!っと明星くんは私の頬を思い切り両手で挟む。びっくりした私はぱちぱちと瞬きをする。なんでこんな…。ええと、なんで?

「いいから休んで!」

きぃんと明星くんの声が響いて眉を顰めた。それに気がついた明星くんが私から手を離すと困ったように私を眺めたあと自分の頭をぼふ、とベッドに押し付けた。

「名前が倒れた時、死んじゃうんじゃないかって本当に怖かったんだからね。顔は真っ青だしちょっとだけ体も震えてたしなんかもうどうしていいか分からないしだから休んで。お願い。」

ゆっくり上半身を起こすと明星くんの頭に手を伸ばした。ふわふわした髪が私の指に絡む。

「ちょっとなに。」

「ごめんなさいってしてるの。」

随分心配かけてしまったようだ。こんなことで私は死なないが明星くんにはそういう心配事をさせてしまった。申し訳ないなあ。

「アイドルに心配かけるなんてプロデューサー失格ね。」

「もう!それとこれとは別でしょ〜!」

名前の持ってきてくれる企画も衣装も大好きだよ!と明星くんが笑うので私もなんだか落ち込んでいたのが和らいだような気がした。

「明星くん。あともう少し休んだら戻っていい?」

「なんであんずも名前もそう仕事ばかりなの。さっきも言った通り今日はもうだめで〜す。名前の鞄持ってきたから一緒に寄り道しながら帰ろうよ。俺、なんか美味しいものが食べたいなあ。」

ベッドの脇に置いてある見覚えのある鞄に私はなんて言っていいのか分からず曖昧な表情になってしまう。

「あれ?俺と帰るの嫌?サリ〜とかと交代してもらう?」

「ち、違う違う!私だけ休んじゃっていいのかなあって、ほんの少しの……罪悪感…?」

明星くんは少し間を置いて吹き出した。

「真面目過ぎない?今日はいいんだよ。仕方の無い日。必要な何もしない日!確かに大事なステージの前の準備ではあるけどまだ日はあるし、俺たちだって高校生だから!」

キラキラした笑顔とそんな言葉に私は思わず呆けてしまう。ああ、そうか。私達は高校生なんだった。授業を受けて、放課後はレッスンをして部活もやらなきゃいけなくて資金を調達する為に校内アルバイトをして何かに追われるようにして毎日を過ごしているけど私達はそう、まだ、大人ではない。大人と同じように仕事をこなしているけれど、ああそうか。
立てる?とベッドから抜けようとしている私に手を貸してくれてスポーツドリンクを渡してくれる明星くんは私の鞄とどこに置いていたのか自分の鞄を肩に背負っていた。

「鞄、自分で持てるよ。」

明星くんから鞄を受け取るとそれを背負いながらスポーツドリンクのキャップを開けた。ほら、いこ!そう言って私の前を歩く明星くんはなんだかいつもよりも年相応で私は安心してしまったのだ。
まだ太陽が元気よく顔を出している道を私達は歩き始めた。