「暑い。」

私はそう唸ると窓側の席を引いた自分を恨んだ。なにが席替えだ!みんながワイワイと楽しそうに話す廊下側を呪いを込めながら見つめる。廊下側の人間は全員足が臭くなってアイドル活動に支障が出ればいいのよ。
本日最後の授業が担任の先生だったため空いた時間で席替えをしようということになったのだ。馬鹿みたいに喜んだ数十分前の自分を叩きたい。

「そちらはこの時期には少々暑い席ですね。」

隣の席の伏見くんが私にそう声をかけた。涼しそうな顔をして何を言っているのか。私が随分恨めしい顔をしていたのだろう、伏見くんは再び楽しそうに笑うと前を向いた。
私は消しカスを作るときれいな玉にするために丁寧にこねた。いい感じになったとそれを伏見くんに投げると彼はこちらに見向きもせずカスを払う。

「( …手練だ! )」

こちらを見ないでカスを払うなんて並みの人間ができることではない。こちらも本気を出せねば、と第二弾を作るべく私は再び消しゴムを机にこすり付ける。

「おふざけがすぎますよ。」

こら、と彼の目が言っているのを見て私は消しカスに刺していたシャー芯を丁寧に抜いた。成る程、イガイガは苦手と見た。これは奥の手として温存しておこう。
私はふう、と息を吐くと落ち着くために消しゴムを筆箱に戻した。

「…ああ、そう言えば今日は抜き打ちテストがあるそうですよ。」

「えっ」

がたんと私は立ち上がると伏見くんを見る。綺麗な目が私を捉えるとふと息を吐くようにして笑った。

「わたくし、先程聞いてしまったんです。」

「…大変な話じゃない。こうしちゃいられないわ。抜き打ちテストはどこの範囲が出るのかしら。」

私はゆっくりと椅子に腰かけると出来るだけ優雅に、尚且つ余裕に見えるよう最大限努力した。しかし冷や汗は止まらない。
私を一瞥すると伏見くんは残念そうに首を振った。

「大変申し訳ないのですが範囲についてはお力になれません。」

「………そう。」

私は消しゴムと一緒にしまった消しカスを取り出して再びシャー芯を丁寧に突き刺していく。役立たず…!これでもくらえ…!
私が最後のシャー芯を刺し終えた時前の席に座ろうとした衣更くんに声をかけられた。

「うわ、お前小学生みたいなことしてんなよ。」

「衣更くん、大変よ。今日抜き打ちテストがあるらしいの。」

はあ?と衣更くんが怪訝な顔をするのでさすがの私もおや?と伏見くんを見る。伏見くんは相変わらず涼しい顔をして前を向いている。余談だがかなり姿勢がいい状態だ。

「寝ぼけてんのか?さっき最後の授業終わっただろ〜?もうホームルームして今日は終わりだけど。」

「………。」

確かに思い返せば席替えをした先程の授業が最後の授業だった。おかしい。抜き打ちテストとは。

「……わたくしも驚いているんですよ。まさか本気にされるとは思わなかったので…。ええでも随分楽しませていただきました。ありがとうございます。」

伏見くんの目が私を馬鹿にしたのと私が投げた装備の施された消しカスが弾かれたのはほぼ同じだった。