幸せだとか愛だとか恋だとか喜びだとか自分の気持ちを証明するというのは難しい。
生徒会長である天祥院先輩にお茶に誘われ、そう言われた私は何事かと先輩を眺めた。真剣な顔をしているので私をからかっている様子ではないし…。美味しいお菓子がただで食べられるとついてきたお茶会でそんな難しい話になると思ってなかった私は内心舌を出す。何となく持っていたカップを置いた。

「……哲学的な話でしょうか。」

「そんな難しい話ではないよ。君もそう思う?って話さ。」

先輩はカップに口をつけるといい香りだねと笑った。

「先輩の言ってることはよく分からないんですけどニュアンス的にプレゼントを貰ってそれを自分が本当に喜んでいるのかそれを証明するのは難しいって話ですか?」

「うーん、まあ正解かな。君は頭が回る方だったんだね。」

ようやく私は淹れてもらった紅茶を口にした。

「……褒められてると思っておきます。」

「そういうことにしてもらって構わないよ。
…話を戻そう。僕が言っていることは君が今言ったようなニュアンスでいいよ。自分が本当に思っている事を本当に理解してもらえるとは限らない。僕は散々社交辞令というものを浴びてきたからね、そういう事を表現されるのも、するのも得意ではないみたいなんだ。」

つらつらと並べられた言葉に私はまた目を白黒させた。この人と話すことは頭が疲れることだ。

「ううんと、例えばものを貰って嬉しかったらお返しをすればいいじゃないですか。この間はどうも。これはお礼なんだけどと渡せばいいんです。」

「なるほど。それなら愛情はどうなる?」

「…いきなり難易度が上がりましたね。愛情も……そうなんじゃないでしょうか…?貰った分をお返しする…?」

私の疑問符が付いた言葉に先輩は頷くと両手を組んでそこに顎を載せた。

「それじゃあ例えばなんだけど羽風くんに恋愛的な愛情を向けられたとしてそれを信じることは容易いだろうか。」

「先輩それは残酷なテーマですよ。ちなみに私ならまず疑います。」

愉快そうに先輩がわらった。それは羽風先輩に失礼らしいが羽風先輩を例にあげた先輩も大概だろう。なぜ私だけが責められるのかと非難すればごめんねと口元をほころばせる。

「ね?例えば羽風くんが本気で君を好きだと思ってもそれを証明するというのは難しいんだよ。」

「……なるほど。先輩の言ってることは伝わりました。確かに難しいですね。深く考えたことなかったです。ところでなんでそんな話になったんですか?」

私とする話じゃないと思いますけどと言えば「そうかな」と先輩は頭をやや右に傾けた。

「それ、美味しいかい?」

私が勝手につまんでいたクッキーを指さして先輩は問いかけた。

「はい。なんだか必要以上にしっとりしたクッキーですね。」

「生クッキーというんだよ。名字さんが気に入りそうだと思ったから用意しておいたんだ。」

「最近は何でも生をつけたがりますね。生チョコ、生キャラメル、クッキーまで生にしてしまったなんて人類は罪深い。今度はザッハトルテが食べたいです。」

「ふふ、用意しておこう。」

私は先輩の様子を伺った。しかし真意の見えない瞳に私の影が映っただけで特に何かを理解することはできない。

「例えばの話だけど僕が君に向けて恋愛的な愛情を向けたとしよう。その場合君は最初から信じてくれるかい?」

「例えばの話は想像できる範囲でお願いしたいですね。リアルな想像ができません。」

うーんと唸った私は腕を組む。

「やっぱり想像ができません。」

「ふふ、僕もだよ。名字さん。僕はこういう立場だから沢山好意を伝えてくれる女性に出会ってきた。丁寧にお断りしてきたけど、彼女達が本当に傷ついたかなんて分からないよね。
彼女達が好意を寄せてるのは僕なのかそれとも僕の立場なのか、それは彼女達しか分からない。」

「ああ、また難しい話ですか。」

私は頭を掻きむしる。
先輩の立場になったことがないから先輩のその周りに寄ってくる女性がどんな顔をして言い寄っているのかも、どういう仕草で先輩の隣に居ようとするのかも分からない。

「先輩の人を見る目が育っていいじゃないですか。負けないで頑張ってください。」

「話は終わってないよ。」

生クッキーを数個ちゃっかり手に持って立ち上がろうとした私は先輩の言葉によって座り直すはめになる。

「僕は自分から恋愛的な愛情を他人に向けたことがあんまりないんだけど君なら僕がどういうふうにアピールをしたら本気にする?」

「……………駆け落ちじゃないですか?」

「駆け落ち…?随分大事だね。」

「だってもうそれしかないじゃないですか。先輩の立場っていうものが壮大すぎて私にはどんなものかなんて理解できないけど全部を捨てて、天祥院英智を辞めることでしか本気を感じれないと思います。私個人の意見ですけど。」

「………そう。」

先輩に日が当たる。昼間の馬鹿みたいに輝いている太陽が先輩の細い髪を照らす。水が反射してるんじゃないかと錯覚するぐらいのチカチカした輝きが私の目に飛び込んだ。ついにお迎えか?と私は冗談にしてはキツい言葉を心に留める。

「僕が君と、名字さんが今言ったように駆け落ちをしようと言ったらついてきてくれるかな。」

「………やめておくと思います。蓮巳先輩に怒られたくないし、もし実行して先輩の家族に見つかりでもしたら消されかねないし、可愛い姫宮くんはきっと悲しい思いをします。先輩のことを大好きなファンの人達だってとても辛い思いをするでしょうし、そう考えると私へのリスクが高いんですもの。」

す、と先輩の薄い唇が真一文に結ばれた。

「…………先輩の言いたいことは難しくて分かりません。私の言ったことはただの例です。冗談みたいなものですよ、本気にしないでください。」

「人の思考は分からないものだね。君にだって僕を騙すことができる。悔しいけど少しだけ本気にしたよ。」

私はクッキーに視線を落とす。ぱりぱりと周りについている包装を剥がすと口に放りこんだ。

「そうですね。
まあ、私なんかに聞くより先輩が自分で考えてアピールしてくれないと本気度は分からないものですよ。」

「簡単なようで難しいね。」

先輩が寂しそうにしたのを私は見ないふりをして立ち上がった。

「それではご馳走様でした。」