アクアマリン番外編

やっとの思いで恋人という地位を手に入れて何回も何回もデートを重ねて名前を自分の部屋に連れ込んだ。ソファーに腰掛けてテレビを眺めているのをちらりと見ると名前は目を輝かせて画面を見ていた。緊張感の欠けらも無いそれに俺は目を細める。彼氏の家に初めてきたって言うのになんでテレビなんかではしゃいでるわけ!?注いだお茶を両手に持つとどすんと音を立てて横に座った。やっとこちらを見た名前。俺がテーブルにお茶を置くとか細い声でありがとうございますと呟いた。
機嫌が悪い時期を嫌という程知っているこいつは俺がイライラしているということに過剰に反応をする。

「………瀬名先輩…?」

「それやめろって何回言ったっけ?名前は学習しないねぇ。」

「あ、ええと、その…くせで…。」

瀬名先輩と呼ぶのをやめろといっても一向に抜けない呼び方に俺はさらに眉を釣り上げた。

「……あの、テレビ大きいですね。」

「……そんなに気に入ったなら毎日来てもいいよぉ。」

途端にぎょっとした顔をすると両手を激しく振る。名前は一頻り遠慮を述べた後に俺が出したお茶に手を伸ばして喉を潤した。
ふと悪戯心が芽生えた。名前の後頭部を髪を掬うようにして撫でるとびくりと肩が震える。恐る恐ると俺を見るとお茶をテーブルに戻した。

「せんぱい…?」

「だからそれやめてって」

ずい、と顔を近づけるとあからさまに慌てて顔を逸らす。ああもう、顔を真っ赤にさせちゃって。ちゅ、と頬に唇を寄せるとぎゅうと目を伏せて ううと呻いた。いい雰囲気になったと判断した俺は よし、今日は行けるぞと名前の服に手を伸ばす。その瞬間、大音量で音楽が鳴り響いた。携帯の着信音だろう、俺ではないので犯人は1人しかいない。名前だ。仕事の連絡かも、と名前が脇に置いていた鞄に手を伸ばすと画面に指を滑らせた。

「………あ、斎宮先輩。」

「はあ?」

「あ、もしもし名字です。」

そのまま何かを話し始めると手帳に何か書き込んでいる。時折笑い声を混ぜながら話しているのを見ていて当然のように機嫌が急降下した。なに、斎宮って。あいつ海外にいるんじゃないの?だいたい電話するぐらい仲いいとか聞いてないしそもそも彼氏の横で!他の男と!電話する!?馬鹿じゃないの!?

「はい、はい。ではまた。」

ふー、と息を吐いた名前は携帯やら手帳やらを鞄にしまう。

「ねえ。」

「は、はい!」

俺の声に勢いよく背筋を伸ばすと困惑したように俺を見る。

「どうかされましたか…?」

「斎宮と仲いいの?」

「え?いえ、ええと、衣装を作る時とかにお世話になることが多かったんです。アドバイス貰ったりお手伝いを私がしたりしまして…。今でも出来たデザイン画で納得できないところを先輩にデータで見てもらったりしてまして…。」

それを聞いて素直に悔しいと感じた。俺にはできない事だったからだ。企画だとかそういった運営に関しては口出して相談とかも乗れるけど衣装に関しては完全に蚊帳の外。だから衣装関係は名前の方が完全に専門だし斎宮に相談っていうのは正しいだろう。
そんなことより俺といるって言うのに躊躇いもなく他の男からの電話に出る名前にも腹が立って仕方が無い。半ば八つ当たりのような言葉が口から飛び出そうになるのを何とか堪える。

「ええと、顔が怖いですよ先輩〜。どうしたんですか?」

「……あんたにとって俺って本当に彼氏?」

「えーと?」

意味がわからないという顔をすると頬をかいた。生意気になった名前は俺が機嫌を損ねていると一応びくつくものの果敢に理由を探るようになった。

「彼氏じゃなかったらなんなんですか?恐れ多くも先輩の事を彼氏だと私は思ってますが……。あれ?もしかしてちょっとヤキモチですか?」

「………、」

何も言い返せない俺はただただ名前を睨むことしかできなかった。我ながら女々しいとは思うが名前は馬鹿みたいに苦しい思いをして、回り道をして偶然みたいに手に入れた子なのだ。そんな子が少しでも疑わしい行動だったり俺よりも親しげに他の男と話しているのを見てしまえば多少責めるようなことだって言ってしまうし不安だとか嫉妬だとかネガティブな感情が出ないわけがない。

「あはは、先輩の事近頃本当に分かるようになりました。」

「なにそれ。バカにしてんの?」

「いえ、まさか。今まで分からなかったことが分かって私、嬉しいんです。」

にこりと名前は笑うとほんの少しだけ開いていた距離を詰めてきた。服越しに伝わる名前の体温になんだか安心してしまう。俺の腕にそっと触れると恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後に小さな声で俺を呼んだ。

「……泉さん。」

「……は。」

「機嫌直してください。お願いします。せっかくの貴重な時間なのに喧嘩とかしたくないんです。私も泉さんとの貴重な時間なのに他の人の電話出ちゃってすみませんでした。」

どうですか?嫉妬したで当たりですか?と言わんばかりの顔にムカついた俺はその頬を伸ばした。

「このクソガキ!」

名前が悲鳴をあげた。