本当に腹が立った。仕事のことでずっと我慢していたことがあって、でももう耐えられなかった。仕事を辞めたいだなんて考えるのは容易いけれどそれを実行に移すには体力気力がいるものだった。だいたい辞めたい時には色々な気力が失せている時だ。

「つかれた。もうやだ。」

そんなネガティブな言葉ばかりが口から出て空気も悪くなるの分かってるし、また言ってるってなることだって分かってる。でもなんだか抜け出せない蟻地獄みたいな感覚で、息苦しい、肌も疲れて急に気持ちが老けて自分についていけなくなる。
定期的にやってくるこの発作は千秋にはもう慣れたものだった。最初のうちはめちゃくちゃに頑張れ!お前ならできる!と声をかけてくれていたのだが最近はそれには意味が無いと分かったらしくそうか、と背中をトントンとあやしてくれるだけになった。

「名前、今日は外食をしよう!」

「……そんな気力ない。」

私の様子を見た千秋が提案したそれを私はソファーに身を投げ出しながら却下した。だいたいこんな深夜にどこに行こうと言うのだ。
ほらしっかり歩け!と私の腕を引いて千秋は確かな足取りでどこかに向かっていく。徒歩で歩くこと数分。連れてこられたのは牛丼のチェーン店だった。安っぽい灯りをぼんやりと眺める。

「何食べる?」

「………なにもないやつ。」

私はノーマルタイプの牛丼と千秋はスタミナ丼を頼む。しばらく無言で下を向いていたがすぐに頼んだものがやってきて私たちは箸を割った。

「……何か失敗でもしたのか?」

「違う。」

「じゃあ嫌なことがあったんだな。」

「正解。」

ぽつりぽつりと会話をしながら私たちは皿を空けていく。

「ずっと我慢してた事があったの。それを今日はちゃんと伝えて改善してほしいって申告したんだけど突っぱねられちゃって。あとはもう色々なことが原因。」

「そうか。それは災難だったな。」

「うん。」

また無言になる。千秋はもう殆ど中身の残ってないお皿を見ていたがにこりと私に笑いかける。

「名前は偉いな。」

「え?」

「なんとか環境を改善しようと戦ってみたんだろう?すごいじゃないか。我慢している不満を人に言うには勇気がいる。それだけでまず偉い!我慢することは場の空気を保つためには重要なのかもしれないが、時には言っていかないと何も変わらない。自分を取り巻く環境を変える1歩を踏み出したおまえは立派だと俺は思う!」

ぽろ、と私の箸が転がり落ちた。それを慌てて拾い上げると新しい箸を割った。

「それに、なんだ。どうしてもダメならそこに拘ることもないだろう?同じようなことをしている会社はきっとほかにもあるさ。しばらく休んでもいいしな。まあ、今日のことはさっさと風呂入って寝て忘れよう!な!」

「………千秋はすごいね。」

「…?」

「私は千秋のそういう太陽みたいな所に沢山救われてきたんだなあって改めて実感した。」

そうか?と照れくさそうに頬をかく姿は昔から変わらない。社会人になった私達の身の回りの環境はゆっくりと大きく変わっていた。その中でも変わらない人がそばに居てくれるという事はとても心強かった。
ぐす、と鼻を啜ると私は皿の残りを綺麗にする。励ます場所がこういうところというのもまた千秋らしい。

「ありがとうね、千秋。」

にっこり笑う千秋の顔は私を安心させてまた涙腺を緩ませたのだった。