近年では割と珍しい大雪が降った。登校も危ぶまれる天候だったが学校側から何も指示がないため家が近い私は徒歩で学校に行くことにした。家にいてもやることがなく暇だし自習になるなら片付いてない仕事をやろうと計画をしていた。近場の私が一瞬怯む雪だから多分殆どの生徒が登校なんてできないだろう。

「( しっかしちゃんと降ったなあ…、)」

ざくざくと音を立てながら歩いていると後から声をかけられた。

「仁兎先輩。おはようございます。」

「おはよう、寒いな…!」

鼻を真っ赤にさせてへらりと笑う口元から白い息が漏れる。息を吸えば肺がキリキリと痛むぐらいの寒さだ。先輩の鼻だって赤くなるだろう。多分私の鼻も赤い。

「本当ですね。風邪ひかないようにしないと。」

ず、と鼻を啜ると先輩はそうらな、と舌っ足らずに返してくる。時折カチカチと歯を鳴らしている所を見ると相当寒いんだろう。それだけ細っこかったらそうだよなあ、と自分のマフラーを解いて先輩に巻き付ける。

「え!なに!?」

「先輩が風邪ひいちゃうと困るので。」

きょと、と目を瞬かせた先輩は怒ったように頬を膨らませた。

「それはおまえもだろ!」

「いや、その前に先輩本番控えてますよね?私は今回企画に携わって無いですし、先輩抜けちゃったら結構痛いんじゃないんですか?」

それに私にはホッカイロがあるので、とコートを捲ると二兎先輩は口を噤んだ。

「おまえはいっつもそうだよなあ。もっと自分を大切にしろよ〜?」

「はあ。」

「ちゃんと、返事しろ〜!」

に〜ちゃんとの約束だからな!と人差し指を私の目の前に突き出す。愛らしい瞳が雪の白で反射して綺麗だったので思わず近寄る。

「へ、あ!なに!?」

「先輩の目が宝石みたいだったから。すみません、綺麗だと思って。」

じ、と見つめれば先輩は降参したように目をそらした。

「や、あの、嬉しいけどさあ…。」

先輩の頬が赤いのは寒いのか、それとも私にドキドキしてくれてるのか。なんちゃって。
なんて考えていると学校に着いてしまった。それではと先輩に背を向けると どん、と背中に何かが当たる。

「うわ、ご、ごめん、」

マフラーを返そうとした先輩が私にぶつかったらしい。私は先輩の手を取る。

「大丈夫ですか?滑りやすいですから、気をつけてください。」

下駄箱まで送りましょうか?と言えばまたむすりと頬を膨らませる。先輩は肌が白いからお餅みたいだ。ぶすりと頬を刺すとふす、と唇から息が漏れた。それが面白くてつい笑い声を上げた。

「な、なんら、わらうな!」

「ふふふ、すみません。つい。可愛くて。ふふ、」

「先輩をあんまりからかうなよなあ。」

諦めたようにそう呟いた先輩を見る。全体像は小柄だが存在感はすごい人。仁兎先輩はそういう人だった。
この人はあともう少しでこの学園から居なくなる。年に一度の学年の入れ替わり、自然の流れだ。一番私に気を使ってくれた人が去ってしまう。急に寂しさが私を襲う。

「……先輩。」

「ん?」

「私、先輩を初めて見た時すごくワクワクしたんです。こんな可愛い人をプロデュースしていいんだって。実際関わってみると、可愛いだけじゃなかった。1年生を3人も纏めててしっかりしてるし、大変なのに周りをちゃんと見てて状況判断だって間違わない。そんな先輩を私、すごく、尊敬してるんです。」

私の唐突な台詞に驚いたように目を見開いたあと照れくさそうに笑う。私はまだ触れてる先輩の手をぎゅうと握った。

「もうすぐ先輩とこんな他愛もないやり取りが出来なくなるんだって思うと……さみしいです、」

私よりほんの少しだけ背の高い先輩は私を軽く見下ろした。

「……さっき雪が反射しておれの目が綺麗って言ってたよな。ほんとだ。おまえの目もキラキラしてて綺麗だ。」

脈絡もない先輩の言葉に え、と返そうとしたができなかった。短く重なった唇のせいだ。

「おれもさみしいよ。」

そう呟いた先輩の目がキラキラと輝いていた。