ライブ、というものはとても良い。ひとつの時間を大勢の人と共有をして同じ感動を味わう。ステージに立つ人を見上げながら精一杯、とどいてるよ!とエールを送るためにサイリウムを振る。
プロデューサーという立場になってから私は初めてライブがそういう場所だということを知った。ライブというものを見たことがなかったからだ。袖から初めてその光景を見た時に感動したのを覚えている。キラキラと輝いている全ての景色が愛しかった。

「お前ら最高だ!愛してる!」

月永先輩の声が会場に響いたのを聞いてアンコールの終わりを知る。ああ、私も客席側からこの景色を見たい。袖に続々と帰ってくるメンバーにタオルと水分を渡しながらお疲れ様ですと声をかけた。私は最後に帰ってきた月永先輩にどうぞ、とそれらを渡そうとしたところで動きを封じられる。ぎゅう、と抱きしめられると一瞬混乱した。ライブ終わりの汗の匂いに包まれると この人、なにしてるんだ? という疑問が浮かぶ。

「…月永先輩、お疲れ様です。」

非常に驚いたが恐らくライブ終わりでテンションが上がっているんだろう。

「はあ、終わってしまった!」

「そうですね。」

私を離してステージを振り返る。未だ照らされているステージには誰も居ない。お客さんの声だけが響いていた。

「……ステージに誰も居ないのを見ると寂しいですね。」

「ああ、でもこれが俺を刺激する!」

先輩は目を細めるとステージに向かって手を伸ばした。私はそれを見る。少しだけ私の気分も感傷的になってきた。

「私もいつか観客として先輩達を見てみたいです。きっと袖から見るのと違うから。」

「わはは、そうか、見たいか!」

「でも多分、この学園にいる間は難しいですね。自分が関わってない企画でも手伝いとかで裏にいることが多いですもん。」

先輩が卒業されたら見に行けますね、と言うと先輩は首を傾げる。

「卒業した後、俺がアイドルやるかはまだ未定。」

「…そうなんですか。てっきり瀬名先輩と一緒に活動されるのかなって勝手に思ってました。」

驚いた私はしどろもどろにそう伝えると楽しそうに笑って腰に手を当てた。

「うーん、それもいいな!再びセナと二人きりのユニット!ああ、インスピレーションが溢れて止まらない。でも、セナはモデルの方に専念しちゃうかもしれないからなあ。その道をあいつが選ぶならあいつの人生の話だし、おれは止められないだろ?」

そう言われてしまえば私は押し黙る他なかった。私はこうなったらいいな、なんていう妄想を抱いていたがそうか、先輩達がアイドルをやらない未来があるのかとぐんと寂しくなる。
月永先輩は何かを考えるように顎に手を当てながらステージに目を向けた。



ライブが終了した会場の片付けは私の習慣だった。使わせてもらった場所は出来れば自分で綺麗にして返したい。
人が集まればゴミを捨ててはいけないなんていうルールを守りきれない事もある。ゴミ袋を引きずりながら私は会場を見渡した。ゴミ拾いや片付けをやると言っても普段はスタッフさんが何人か居て忘れ物等をチェックしているはずだ。なのに、今日は誰もいない。広い会場に1人は少しだけ怖かった。
ばちん、という音がして会場が真っ暗になる。あまりに急なことで私は声も出ずに反射的に尻餅をついてしまった。な、なんだ、と非常口の灯りを目で探そうとしたところで名前を呼ばれて肩が震えた。

「名前!」

ステージが明るくなって月永先輩の声が降ってきた。床に座り込んでる私を見つけると わはは、と笑い声をあげた。

「どうだ、驚いただろ?特別にKnightsのライブをちょこっとやろうかと思って!そう、おまえの為に!嬉しいか?あ、待って、今は言うなよ!感想は終わってから聞かせてくれ。まだ始まってもないステージの感想なんて終わったのと同じだもんな!楽しんでいってくれよ、お姫様。」

「………、」

先輩の話を聞いていた私は唖然とする。瀬名先輩が面倒くさそうに私に視線を投げるが諦めたように息を吐く。私が声も出ないぐらいに驚いているのを他所に曲が始まってしまう。スタッフの人が居なかったのはこういうことか。
私しかいない客席は音が響く。音を吸収する人間がいないからだ。この素晴らしい楽曲を吸収してるのは私だけ。その事実に幸せだ、と胸が苦しくなる。サイリウムもない私はただ床に座り込んでステージを見上げているだけだった。
1曲が終わると私は拍手を送る。

「どうだった、おれのKnightsは!」

「かっこよかったです。すごい、本当に…、っ、」

言葉が詰まって先が出てこない。見てみたいと何気なく言った言葉でこんな素敵なステージを見れるなんて。もっとたくさんの人に見てもらいたい。プロデューサーとして頑張ろうと決意をした。

「私一人がこんな素敵なステージ見せてもらえるなんてもったいない、」

「………、」

先輩は目を瞬かせると優しく笑った。瀬名先輩も鳴上くんも朔間くんも朱桜くんもみんな素敵だった。いつの間にかステージには月永先輩しかいなくて1人スポットライトの下に立つ姿は神様みたいだった。

「………、先輩、あいどる続けてください、」

涙の混じった言葉が出てくる。先輩はもっと、もっとライトの下に立つべきだ。

「……そうだな。その道もまた無数の未来のひとつだ。」

「そしたらたくさん会いに行きますね。頑張ってチケット、取ります。」

すとん、と先輩は客席に側に降り立つと未だ座り込んでいる私を引っ張った。

「おれがアイドルやってないと会いに来てくんないの?」

「先輩がアイドルをやってないと私が会いに行っていい理由がないんです。」

先輩のつり目が丸くなる。

「えっ?そうなの?」

「そうだと思います。」

「はは、馬鹿だなあ。そんな風に決めつけるなよ。名前が会いたいって思う時には連絡をすればいいしおれもおまえに会いたい時は連絡するよ。」

そう言って私の頭を撫でる先輩の顔は楽しそうで私は安堵なのか何なのか分からないが、また涙が溢れるのであった。