テレビ明かりをじっと見ているとのしっと何かが乗った。

「ぐえ」

背中に乗ったそれは額をうりうりと押し付けているようで地味に圧がかかって痛かった。こんなことをしてくる奴は1人しか居ない。

「お疲れ様、真緒くん。」

いつ入ってきたんだろうと首を傾げつつ後ろの気配を探る。本日もだいぶ弱っているようだ。ハグはストレス解消に丁度いいんだぜと一番最初に求められたのはいつだったかなだなんて思いを馳せる。


真緒くんがこんなになったのは確かあの日だ。私と高校が別々になったあの日。
私の幼なじみの衣更真緒は特別な学校へと進学した。私はというと普通のなんでもない学校へと進学。真緒くんとも凛月くんとも離れ離れになったのである。どうやら真緒くんは私が夢ノ咲学院の普通科を当然受験しているもんだと思っていたらしく、私の公立高校合格の知らせを聞いて目を真ん丸くさせていたっけ。昔は真緒くんの甲斐甲斐しいお世話に丸々甘えていた私も立派な高校生。真緒くんの負担が年上の幼なじみのみになった瞬間だった。
中学の頃は日課だった真緒くんの目覚ましも私に必要がなくなった時、真緒くんのネジは吹っ飛んだんだと思う。すごく寂しそうな顔をして私が化粧しているのをぼうっと見てたもの。その後、後ろからぎゅう、なんて抱きしめられたもんだから驚いた私はビューラーを落とした。文句を言おうと顔を向けた時にかち合ってしまった彼の瞳に私は何も言えなくて一言 "遅れちゃうから" なんて言った。真緒くんはいつもの調子で

「ごめんな。」

と笑って言った。あの日の真緒くんはちょっとだけ可笑しかった。その日の夜、突然やって来た真緒くんにハグをぶちかまされた花も恥じらう女子高生の私は何事かと小言を言おうとした。しかし、朝に見た時と同じ寂しそうな瞳と視線が絡むと私は何も言えなくなってしまったのだ。

「これ、ストレス解消にいいんだってさ。」

なんでもないようにそう言った真緒くんはずるりと膝を着く。引っ張られるように私も床へと雪崩込んだ。ぐす、と鼻を啜る音がした。学校で何かあったんだろうか。

「名前が居ないんだ。どこ探しても。」

「いるじゃん、此処に。」

「ふとした時に考えるんだよな、ちゃんと昼ごはん食べてんのかなとか、授業中居眠りなんかしてノートとれてないんじゃないか、とか。」

私は戦慄した。細々と喋るこの男は何を言っているのか。私はもう中学生じゃないのだ。

「私はもう真緒くんのお世話が無いと何も出来ない子供じゃないよ。」

私の言葉を聞いた真緒くんが顔を上げた。きょとんとした幼なじみの表情はとても綺麗だった。私の言った言葉を何一つ理解していない純粋に疑問を持った顔。

「 え?」

「私は真緒くんのお世話がなくてもちゃんと生活を送れてる。学校には友達だっているしそれにノートだってちゃんととれるし、お腹がすいたらお昼ご飯だって食べる。真緒くんが心配する事何一つないんだよ。」

トドメが刺さったのだろうか真緒くんは息が止まったかのように固まってしまった。ぼろ、と大粒の涙が大きな瞳からビー玉みたいに零れ落ちる。いやだ、と真緒くんの薄い唇が動いた。私はその瞬間、可哀想な人だなと思ってしまったのだ。真緒くんは可哀想な人。
私は大事に大事に真緒くんが作った鳥籠を簡単に抜け出してしまった。真緒くんはそれに今気づいてしまったんだと思う。


私にとって真緒くんは少しだけ窮屈だった。私が彼の手を離れて違う子と遊ぼうと飛び出そうとすれば必ず引き戻して「名前はダメだよ、鈍臭いんだから。俺と遊ぼうな」と優しい笑顔で囁くのだ。真緒くんの言葉は呪いだ。私の中の奥の奥まで入り込んで来て動けなくする。
自分の作った鳥籠の中に私が居ないと知るや否や真緒くんは私の前では昔の面影が無いほどに弱々しい男の子になってしまった。そして、そんな弱々しい姿に私はまた呪いにかけられてしまうのだ。
その証拠に今日もこの幼なじみの纏わり付くような腕を振りほどけないで居るんだから。