名字名前という人間は掴みどころが無かった。隣のクラスに転入してきた作曲家コースの女の子ぐらいにしか俺は捉えて居なかったし、作曲家コースといっても正直彼女がどんな曲を書くかなんて知らない。そもそも笑った顔を見たことがない。感情のアップダウンがほぼ無いのだ。作曲家だなんて聞くと天性の才能で芸術に対する感性が豊かで奇行に走る、とまあ、若干Knightsの月永先輩を思い浮かべたりしながら名字を観察する。しかしまあ、あんずといい俺の同年代の女子は感情が乏しいのがデフォルトなのだろうか…。

「あ、サリー。なにしてんの?」

「え、あ、ええと今日のレッスンなんだけどさ生徒会の仕事で遅れそうなんだわ。わりーけど先に始めといてくんね?」

いきなりスバルから声をかけられ思わずどもる。まさか年頃の女の子の観察してました〜なんて言えるわけがない。特にこの明星スバルには言えない。流れで何となくスバル達の教室に入る。ちらりと名字の方を見ると相変わらずで本を読んでいて綺麗な漆黒の髪が表情をさらに隠してしまっている。勿体ないなあと視線を戻すとまた真を交えてコントみたいな会話に興じる。俺たちの横を軽く挨拶をしながらあんずが通り過ぎ名字の方に向かった。

「名前ちゃん、今度の曲のことなんだけどね。」

本から顔を上げた名字はサラリと髪を下に落としてにこり、と口角を上げた。よく見ると凛月と同じぐらい色は白くて唇は真っ赤だった。昔童話で見た白雪姫を思い出す。

「ほら、あそこにいるユニットに曲を作ってもらいたいなって話だったの。今、真緒くんいるし良かったらちょっと顔合わせしたいなあって。」

ゆっくりとこちらを見る名字。逆光になってしまい表情はよく見えないが目を細めた気がした。その流れで立ち上がるとあんずと共にやってくる。

「こんにちは、衣更くん。挨拶するのは初めてだよね。今回の企画の曲を担当します、名字です。」

間近で見る名字は驚くぐらい綺麗で思わず息を呑む。貼り付けられたようにまた笑みを浮かべると小さくお辞儀をした。周りの音が遠くに聞こえる。何か誰かが喋っているようだが上手く脳に入ってこない。名字の真っ赤な唇が動いた。

「衣更くん?」

名字の声だけクリアに聞こえた瞬間に理解した。ああ、もしかしたら俺は。