疲れたなあ、しんどいなあ。
私はこういった感情に時たま襲われる時がある。笑ってるはずなのに、1人な訳ではないのに、急に独りを感じたりもやもやして叫びだしたくなったり呼吸がままならない時がある。病気なのかと頭をかいてみるが答えは出ずにまた心が沈んでいくのだ。
作曲をしている時、みんなのレッスンを見てる時、送ってもらう帰り道、何をされたという事はないはずなのに心の中はグルグルと訳の分からない言葉がずらずらと渦巻いて気持ちが悪い。

「………。」

みんなは度々私とあんずちゃんを比較する。作曲をすれば月永先輩と、鳴上くんと並べば女子力を、裁縫は鬼龍先輩と比較されるし私は全ての人間の中で劣っていた。名前はもうちょっとこうすればいいのにな、だとか言われ続ければ自然と気持ちが死んでいくというのは仕方ない事だと思う。私はどんなに一生懸命やったところでなんにも認めてもらえないんだ。
不貞腐れてベンチに寝転んだ時に誰かの欠伸の音が聞こえた。恐らく朔間くんだろう。

「パンツ見えるよ」

「………」

黙って私はスカートを直し押さえつける。ほらやっぱり朔間くん。すとんと眠りにつければ良かったのだがもやもやとした気持ちのまま楽譜を枕にしては寝られなかった。

「いや、だからパンツ見えるってば。」

「見なきゃ良いじゃん。もー、うるさいなあ。」

よっこいしょと体を起こし荷物を纏める。うるさいうるさいみんなうるさい。私が別のところに行けばいいんだと立ち上がると何故か朔間くんもついてきた。

「なに。」

「まぬけな名前が他のところでパンツ丸出しにしないように目を光らせて上げようと思って?俺って優しいねぇ。」

まぬけ。そうだろうそうだろう。私はまぬけに見えるって事ね。もう朔間くんもみんな嫌い。

「別に関係無いじゃん。構わないでよ。」

自分でもびっくりするぐらいささくれだった声色に一瞬狼狽えたが別にいいだろうこれぐらい。ストレスなのだ。仕事をしてない時ぐらい人と関わりたくない。

「へえ〜、関係ないの?」

「関係ない。」

面白そうににこにこしてる朔間くんにイライラとしながら先を急ぐ。

「ほんと可愛くないよね、名前って。」

ぴたりと時間が止まったような気がした。ふつふつと熱いものが込上がってきて私はぐちゃぐちゃに抱きしめた書きかけの譜面を地面に叩きつけた。

「うるさいな!そんなの私が1番分かってる!!」

特段驚いた様子のない朔間くんは欠伸を一つした。みんな嫌いだ!先生が言うから仕方なくプロデュース科に来たのが間違いだった!何にも楽しくない!わあわあと文句を言うとそのまま走り出す。かっこ悪いなあ私。


走り回って走り回ってやっと見つけた静かな場所に腰をかけた時もう次の授業が始まってしまっていた。椚先生だった気がする。めちゃくちゃ怒られそうだな、と膝を抱えてうだうだと体を揺らすとばさりと音がした。

「だから、パンツ見えるって。それとももしかして見せたいとか?意外とヘンタイなんだね、名前。」

「………。」

なんで付いてきたのという前に座り方を正す。私の目の前に置かれた私の書きかけの楽譜。こんなの拾ってきてくれたんだ、とそれをぼんやり見つめる。

「こんなのそのままほっといてくれて良かったのに。」

「なんで?」

朔間くんはそう質問を投げかけながらしゃがんだ。目線が一緒になるとキラキラ深紅に輝く瞳に目を細める。

「なんでも。私の曲がなくなろうとどうなろうと別に困らないし、おんなじようなのは誰でも作れる。」

「ふぅん、」

じっと私を眺めた朔間くんはぶすりと私の眉間に指を突き刺すとぎゅうと押した。

「シワになっちゃうんじゃない?」

「別にいいよ。」

朔間くんは先程のように欠伸をするとそのまま私に体を寄せる。え、と朔間くんの方を見ると近い位置に整った顔があって息が止まった。

「こんな真昼間に名前のこと追いかけたもんだから疲れちゃったし、ねむいんだよねぇ。責任とって枕になって。」

「……、やだ。」

体を離そうと朔間くんの体を押すもびくともしない。慌てて暴れるがそのままごろんと地面に押し倒されてしまえばうまく力は入らない。離してと暴れても力が強い。
諦めようかと悩んだところでぽんぽんと頭を撫でられる。

「名前は考えすぎ。」

「え?」

「俺は名前の作った曲好きだし、さっきみたいに可愛くないところもけっこう好きだよ。だから……」

そこまで言って朔間くんは眠りに落ちた。緊張の糸が緩んだ私はその腕の中でこっそり泣く。私も朔間くんの優しいところが好きだよ、ありがとう。
視界を全て塞いでくれる朔間くんの腕は私に久しぶりの心の平穏を与えたのだった。