「……。」

「まさかと思うけド、迷ったなんて言わないでヨ?」

そのまさかであった。完全に迷っていた。ハンドルを握りしめ嫌な汗をかく。
本日は逆先先生に頼まれて息子さんを仕事後自宅に送り届けるために車を出していた。私は逆先先生の雑用係のようなものでなにかとこの生意気…いえ、なんとういうか口の達者な息子さんのお世話をすることが多い。先生が海外にて長期の仕事をされる時はハウスキーパーをすることもあるのでこの夏目さんとは長期で顔を合わせざるおえないのだ。私の方が年上なのだが夏目さんはどうやら私を下だと思っている様子でズケズケと物を言ってくるので少々苦手であった。逆先先生が言うには少し天邪鬼な所があるからとのことだがそこまで仲も良くないのに強めに出られると苦手を感じてしまう。
話を戻すが私はその苦手な夏目さんを自宅に送り届けている最中すっかり道に迷ってしまったのだ。近道だと思って入った道がどうやら違ったようでどんどんよく分からない道に入っていってしまった現在。どこにいるのかも正直分からない。初めてのスタジオだった為土地勘が無いのだ。

「いやあ、すみません。迷いました。」

「……、なんでナビ設定してないわケ?」

「正直道をなめてました。」

「馬鹿なノ?」

何も言い返せない自分に奥歯を噛みしめる。そして更に最悪なことにこの車のカーナビは壊れていたのである。仕方なく路肩に停車させ携帯をいじる。現在地を調べるとそこまで道は逸れていなかった。なあんだ、と私はにっこりするとゆっくり車を発進させる。しばらく走っていると夏目さんから大きなため息が出た。

「さっきのところ右なんだけド。」

「え!!」

しん、と車内を嫌な静寂が襲う。いやでもなんで夏目さんは道わかるの…?

「ボクがナビアプリ開いておいて良かったネ。本当、どんくさいナァ。」

「う…。す、すみません。ありがとうございます。」

夏目さんをちらりと見てみるがあんまり表情がわからない。夏目さんはしばらく黙っていた後、ぱっと顔を上げた。

「次、左に入っテ。」

「え!は、はい!」

慌ててウインカーを出してハンドルをきる。慎重に道を進むと「次右。」と隣から声がする。
夏目さんの声は怒ってはいなさそうだ。むしろ穏やかで私は少し不思議な気分だった。

「な、夏目さん。怒ってませんか…?」

「今更君のうっかりにいちいち怒ってたらキリがなイ。」

「はは、面目ない…。」

私の方が年上なのに全く頼りなくて情けない。

なんとかおうちに送り届けると思い切り息を吐いた。あ〜あ!本当、私って…。先生のおうちの前に車を止めたままハンドルに体を預ける。夏目さんは降りる時心底呆れた顔をしていた。はあ、落ち込むなあ。
気分の切り替えのために晩ご飯を何にするかなんて考えてみる。ビールでも買っちゃおうかな。ふと先程見た夏目さんの顔を思い出してしまう。…私が嫌なんだろうから先生に言ってたくさんいるお手伝いさんやお弟子さんの中から別の人に代わって貰えばいいのに。私からは一度先生に夏目さんのことを相談したことがあるが先生は笑って答えをくれなかった。私の話を聞いていなかったのかなんなのか先生は良く私に夏目さんのことを頼んでくる。
目頭をぐりぐりと押さえて再度晩ご飯を考える。おつまみに出来そうなおかずのレシピが携帯画面に映し出されるのを眺めていた時だった。コンコン、と窓を叩く音に驚いた私は携帯を落としてしまった。

「…?」

携帯を拾い上げながら窓の外を見ると不思議そうにこちらをみる夏目さんがいる。私も不思議な気持ちで窓を開ける。忘れ物だろうか。

「どうしました?」

「……?今日、晩ご飯たべていくんじゃないノ?」

「え?今日はとくに先生から頼まれていないのですが…。」

え?という顔をお互いにしてしまう。夏目さんは携帯を操作しながら眉を寄せている。しばらくした後、どこからか連絡が来たらしく耳元に携帯をあてる。なんだか言い争っているようで「マミィは余計なことしないデ!」と一言投げつけた後素早く携帯をポケットにしまいこんだ。電話の相手は先生だろうか?

「ええと、夏目さん。もし晩ご飯の支度が必要でしたら私何かお作りしますよ?」

「……。冷蔵庫、何もないヨ。」

「ああ、そうなんですか?じゃあ近くのスーパー行ってきますよ。」

エンジンを入れると夏目さんに静止される。

「今日は外で食べるから大丈夫。」

「そうですか?じゃあ、送ります。ここから私の家も近いので帰りも必要でしたらお呼びくださいね。」

夏目さんは何か言いたげにイライラと家の方に戻っていく。おそらく制服だと目立つだろうから着替えに行ったのだろう。はあ、ビールはおあずけかあ。

「ここに向かって。」

「あら、ここ美味しいですよね。」

「行ったことあるノ?」

「はい、昔の交際相手とですけど。雰囲気も良くて美味しくてお値段もリーズナブルで良いですよ〜。」

ちっ!と大きめの舌打ちに私は身を震わせた。

「ヘェ?」

「な、なんですか夏目さん!?怒ってます…!?」

「別ニ!」

怒ってるじゃないですか!と私がいうと場所の変更を伝えられる。和食のお店だった。

「君、和食食べられるよネ?」

夏目さんの口ぶりから一緒に食べることになっている…??と混乱はしたが私は反射で頷いた。やはり夏目さんが分からない…!と遠くで仕事をしているであろう先生に心の中で助けを求めた。