…ー優しくしないで。
私にそれ以上優しくしないで。
…お願いだから。
「ねぇ、名無し…。
って
…やっぱりまたそういう顔しちゃう?」
名無しにそっと優しく笑いかけるヒロト。
いつも仲間に笑いかける時よりずっと優しく暖かい笑顔に少し戸惑いながらも名無しは困った様に微笑み返す。
そんないつも困った様に微笑み返す名無しにヒロトは少し悲しそうに目線を落とした。
決して嫌と言う訳ではない。
嫌では無いが少し気持ち的に落ち着かないのだ。
そんな妙に優しいヒロトに少し違和感を覚えていた。
「ねぇ、なんでそんなに優しくするの?」
「なんで優しくするのかって?
それは俺がそうしたいから、だよ。」
幾ら聞いてもまた答えはそれ。
聞いてもそれしか返事が来ないのだ。
何故、自分に優しくするのかという理由を知りたいのに、ただ"優しくしたいから"という返事しかしないヒロトに名無しには少しだけそれが不満だった。
ー胸が苦しくなる。
それなら優しくされない方がいい。
「ヒロトが私に優しくしてくれるのは嬉しいけど…。私すごく苦しい。
なんで他の皆より優しくしてくれるんだろうって変に考えちゃうから…。
…前までこんなことなかったのに、ね」
「…名無しばっかり狡いなぁ。
…気付いてもらえない俺も同じ気持ちなのに。
本当名無しは狡い女の子だね。
…苦しいよ。」
名無しはヒロトが言っていることが良く分からなかった。
ー苦しい?
ーー狡い?
ーーー……。
何が狡いのかも、苦しいのかもわからない。
自分も苦しい思いをしているのに彼は何を言っているのだろう、今の名無しにはそれしか思い付かなかった。
ただ1つ分かった事は、お互いにすれ違っている事だけ。
心の中では"優しくしないで"って何度も唱えていた。
でも違う、本当は優しくして欲しい。
苦しさのあまりに望みもしない矛盾が生まれてしまった。
「あのね、心の中では何度も優しくしないでって思った。
でもね、優しくしないで、って言うのは嘘なの…。
私は…怖かったから。」
"好き"になってしまうのが怖かった。
もし好きになって、叶わない恋だったらずっと友達のままだからそれが辛かった
それなら優しくしないでくれた方が幸せだ。
でも本心は違う、好きになってしまった。
それか怖くて優しくされる都度どんどん好きになっていく事に心に制御をかけていたのだった。
本当はこんな事はしたくない。
「…俺はてっきり君に対して一方通行なのかなって思ったよ。
好きなのは…自分だけだったらどうしようってね。
でも名無しも…同じ気持ちなんでしょ?」
「うん…気持ちは一緒。
私も…好き。
でも好きになってしまったのが怖くて怖くて忘れ様としたけど…できなかった。」
小さく震わせる名無しの手を優しく包み込む様にそっと手を取ると、またいつもの様に優しく微笑んでみせた。
少し頬を赤くしながらも同じ様に微笑み返す名無しに少し驚いた様な顔をするヒロト。
「あれ…いつものあの困った顔じゃないの?」
「?…いつもの顔の方が良かった?」
「ううん、そんな事はないさ。
そっちの顔の方が断然素敵に決まってるよ」
「…ありがとう」
名無しは微笑みを顔に残したまま消え入りそうな声で何かを呟く。
ー大好き
そう小さく呟いた。
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