あ、見つけた。 「しーんーすーけーぇっ!」 誰かの後ろ姿を見つけ、それが彼だと脳みそが認識するのと同時に私はその背中に抱き着いていた。ガバッと勢いよく抱き着いたというのに、彼の身体はほんの少しぐらついただけだった。 「あぁ?朝からうるせぇよ、ばか」 「気にしない、気にしない」 「俺ァ気にするんだ、ばか」 「2回も馬鹿って言わなくてもいいじゃん…」 「本当のことだから仕方ねぇさ」 「もう…」 反論できないのは悔しいが、そんなのことはどうでもいいのだ。だって、晋助に口で勝てるわけがないってことはわかっているから。 私は彼に抱き着く腕にぎゅーっと力を込めて、その広い背中に顔を埋めた。そっと目を閉じて息を吸うと、よく知っている紫煙の香りが鼻を柔らかく擽った。 「ねー、晋助?」 「あ?」 「私ね、晋助のこと大好きなんだよ?」 「……」 「たぶん、自分でも驚くくらい大好きみたい」 「おめぇ…頭打ったか?」 「ううん」 「だったら、何か変なもん食ったか?」 「いや、別に…?」 「……」 質問をしたっきり晋助の口からは何の言葉も続いてこなかった。突然こんなことを言われたら、やはり普通の人は困るのだろうか?あぁ、でも、晋助は普通の人なんかじゃないから、もしかしたら怒っているのかもしれない。その可能性は十分に有り得る。 「ねぇ、晋助、ちゃんと聞いてる?」 「あぁ…」 「私ね、晋助が大好きで大好きで、どうにかなっちゃいそうなの」 「チッ……」 「え…?」 返事の代わりに小さな舌打ちの音が聞こえた。その音に対してゾクリと本能で危険を察知したのものの、為す術なく私の抱き着く腕は解かれてしまい、晋助は素早く身を翻して私と向かい合った。鋭い視線が私を突き刺す。私が目を見開いた瞬間、強引に腕を引かれて齧り付くような口づけが襲い掛かってきた。 「っ…、んんーっ……!!」 ほんの数秒がものすごく長く感じられた。唇が離れていく時、晋助の口元には妖しい笑みが浮かんでいて、滅多に見れないであろうその表情に不覚にも心臓が跳ね上がる。 「これ以上喋ったら、容赦しねぇ」 「は……?」 「朝っぱらから襲われてぇのなら話は別だが?」 「丁重にお断りします。あ、でもね、」 そう言ったのと同時に晋助の顔を覗き込んだ。別に襲われたいわけじゃない。けれど、どうしても彼に伝えたい言葉があるのだ。 「あぁ?」 「やっぱり大好きだよ、晋助のこと」 「……ッ」 無表情だった顔に、ほんの一瞬だけ驚きが浮かび上がった。お前には敵わない、とでも言いたげに小さく笑った晋助は、私の肩に触れる手に力を込めた。ドサリ。そんな音と共に背中に広がる鈍い痛みに顔を歪ませていると、私の上に覆いかぶさった晋助は自分の指と私のそれをきつく絡ませた。 寝起きだからだろうか。解けかかって緩んだ包帯や大きく胸元が開いている着流しからは尋常じゃないほどの色気を感じた。 「言われなくたってわかってんだよ」 「え…?」 「なまえが愛していいのは俺だけだ…。他の野郎に目移りした時点であの世逝きかもなァ…」 「横暴……」 「はっ…、上等だ」 もう逃げられない。そんなことはわかっているのに、本気で抵抗しないのは、私の心はとっくの昔から晋助に捕まってしまっているからなのだと思う。 晋助は口元を歪めて私を見下ろした。その瞳からはなんとなく優しさが感じられるのは、たぶん気のせいなんかじゃない。晋助は、彼の瞳から目を逸らせない私の耳元にそっと口を近づけた。 「まァ安心しろ。目移りできなくなるほどに…俺がなまえを愛してやらァ」 「……!」 私が驚いたのはほんの一瞬。再び唇を塞がれてしまうと、私の脳内は他の事を考える余裕など無い程に晋助に占領されてしまったのだ。 彼と私の理性が残っている内に、もう一度だけ愛していると伝えようか?そんなことを考えながら私は晋助の背中に手を回して、その着流しをギュッと握りしめた。 好き、好き、大好き 何十回、何百回伝えたって、この気持ちを伝えきれないなんて、言葉って不便ね。 Fin. |