「なまえせーんせ?もしかして先生“も”サボりだったり?」 「坂田…先生…?」 生徒立入禁止の屋上。私は教師の特権ってやつでこの場所に忍び込んで、授業の無い時はここで外の景色を眺めるのことが多かった。 「サボりなんてするわけありません。私、坂田先生とは違いますから。あ、それと、名前で呼ばないで下さい。馴れ馴れしいです」 目は遠くの山に向けたまま素っ気なく答えると、彼が隣にやって来たことをその足音で確認した。 呼び名に関して彼に注意をしたのは今回で何回目だろうか。そう思って注意回数を数えようと思ったが、おそらくその数は両手両足を使っても数え切れないに違いないので、私はたった数秒でその試みを放棄した。 「相変わらず冷たいねー、俺には。ツンデレってやつかぁ?」 「デレてません」 「またまたぁ…。数学科の坂本とは楽しそうに話してたくせに。なに?好きなの?あいつが」 「べっ、別にそんなんじゃありません!もう…!からかわないで下さいっ!」 「ふーん。んじゃあ、こんな所でどうした?失恋?」 坂田先生はニヤニヤした顔をこちらに向けながら煙草に火をつけた。私は煙草が嫌いだし、何よりここは学校なのだ。私が「校内禁煙です」と小さく言ったら、渋々くわえた煙草を携帯灰皿へと戻した。 「なんか私、リフレッシュしたくて…」 「リフレッシュ…?」 「はい…」 「なまえ先生のクラスはみんな優秀だから大変なことなんてねーと思ってた。ウチはもうどうしようもねーから、あいつらのせいで」 楽しそうにヘラヘラと笑ったまま空を仰ぎ見た坂田先生。Z組の様々な奇想天外な事件は校内でも有名だけど、あれはあれで素敵なクラスだと思うのは私だけだろうか。 「ウチの生徒には不満なんてありませんよ?ただ…」 「ただ…?」 「毎日、毎日、同じようなことの繰り返しでつまらないんです。 こうやって外の景色を見ていないと季節まで忘れちゃいそう…」 「なるほど、ね」 毎年繰り返される学校生活。生徒や先生は少なからず変わるけれど、結局、やることは何も変わらない。平凡なのも、それはそれで幸せだと思うけれど、それでもやっぱり何かが足りないような気がするのだ。 「それじゃあさ…」 突然近くに感じた煙草の香り。私が振り返る時間なんて無いままに、坂田先生が背後にピタリとくっついた。 「俺とイイこと、しない…?」 坂田先生の熱っぽい声が脳みそに直接響く。その声にたった数秒で顔が熱くなるのを感じた。 「馬鹿なこと言わないで下さいっ…!それより近い!近すぎますっ!くっつかないでっ…!」 「嫌だ。離してやらねェ…」 彼から離れようと身体をじたばた動かしても、腰に回された逞しい腕がそれを許してくれない。 「坂田せんせッ…」 「なまえのつまらねェ毎日なんか俺が壊してやるよ。そんで、もう嫌だってくらいに楽しませてやる」 彼の言葉をちゃんと聴こうと思い暴れるのを止めると、私を抱きしめる坂田先生の腕にぐっと力がこもった。 「だから、俺と付き合わねーか?」 耳元の低い声にゾクリと身体が震えた。今の私の中に「嫌だ」という感情なんて全くなかった。それはたぶん、彼と共に過ごす毎日にとてつもない魅力を感じているから。頭がしっかりと整理されるまえに私は白衣の袖口をぎゅっと掴んで頷いた。 「坂田先生となら…」 「銀時…。そっちの方が嬉しいんだけど?」 「ぎっ…、銀時……」 「おっ。その顔最高…。やっぱなまえはツンデレだな」 坂田先生は、真っ赤に染まった私の顔を覗き込んでニヤニヤと嬉しそうな顔をすると、自分と向かい合うように私の身体を反転させて、くいっと顎を持ち上げた。私を見下ろす坂田先生。その目を逸らせないまま、だんだんと近付いてきた唇は、あと1センチというところでピタリと止まった。 「よろしくな、なまえ」 わざとらしいリップ音と授業の終了を知らせるチャイムが同時に聞こえた。坂田先生は、満足げに私の頭を撫でてから屋上を去った。 きっと今の私は、とんでもなく情けない表情をしているに違いない。だから、私はこの心臓のドキドキが落ち着くまで屋上に留まることにした。 平凡な日々にスパイスを 刺激の強さは貴女のお望みのままに。 Fin. |