「今、暇なんだろう?」
日曜日。お仕事である朝食の用意を終えると(無駄に)広いリビングの掃除をしていた。主にルンバでもカバーしきれない部分に掃除機をかける。そして、その作業を邪魔するように赤司くんは私の前に立ちはだかった。
「えっとですね、私が今何をしているかは一目瞭然なじゃないかと……」
「掃除だろう?」
「正解です。なので、私は暇ではありません」
「それでお願いというのはね」
「無視?!」
赤司くんの元で働くことになってから一週間とちょっとが経ちました。
初めて出会った頃に考えた「赤司くんは紳士説」は既に過去のものとなり、「紳士の皮を被った魔王様説」が私の中の定説となっています。
さっそく今日も魔王様のお願いという名の命令が下されました。
「ここにある各校敵チームの情報をエクセルでデータベース化してほしいんだ」
「ひっ……」
どさり。そんなマンガみたいな音を立てて机に置かれたのは高さ20センチはあろうかという紙の束だった。
パラパラと中身を確認してみると、A4の大きさの紙にはびっしりと何かが書き込まれている。おそらく、一枚の用紙に一人の選手の情報といったところだろうか。
「えっと、これ……全部……?」
「あいにく僕はエクセルの使い方に慣れていなくてね。キミは大学で頻繁に使っているだろうから、こういう仕事はお手の物だと思って」
赤司くんはにこりと笑ったけれど、この笑顔にはもう騙されないと決めたのだ。彼のことだから、本当はエクセルなんて簡単に操ってしまうのだろう。
さて、もちろん私に断るなんて選択肢はありえないので、自室に置いていたノートパソコンをリビングに運んでエクセルを立ち上げた。
「えっと……? まずは霧崎第一高校の花宮真……っと」
高校名、名前、ポジション、さらにその選手の特徴などを淡々とキーボードで打ち込んでいく。
初めから予想はしていたが、その情報量は膨大で、傍らに置いてある紙の山を電子化し終えるには夜中まで時間がかかるに違いない。
「僕はこれから出掛けてくるから留守番を頼むよ」
「え……」
「帰りは21時を過ぎると思うから夕食も用意しなくていい」
「えっと、どちらへお出かけですか?」
「乗馬。それじゃあ行ってくる」
「はい?」
大きなカバンを肩にした赤司くんは、私の唖然とした表情を気にすることなく玄関へと向かってしまった。
乗馬って……えっ? どこに出かけるのかと質問をして「乗馬」なんて答えが返ってきたは人生で初めてだった。
「はぁ……。とにかく私はこれをやらないと……。次は海常高校黄瀬涼太……ってなんか知ってるかも。たしかあの金髪モデル?」
赤司くんのいなくなったリビングには、キーボードの音がやけに大きく響いているように感じられた。