「このマンションの最上階……」

 私が溜息とともに見上げたのは、国内最大手の会社が開発した超高級マンションだった。建物の設備はもちろん最先端のもので、さらに地下で駅と直結しているという好立地。一年前にこのマンションが完成した時、ニュースで大々的に取り上げられていたのは記憶に新しい。たしかドラマで大御所なんて呼ばれるような有名人が何人も住んでるんじゃなかったっけ?
 緊張で乱れた呼吸を整えて、事前に渡されていたカードキーを大理石で造られた入口のすみにある読み取り機にかざす。ピッと電子音が聞こえたかと思うと、目の前の大きなガラスの自動ドアが開いた。目的の最上階までは直通のエレベーターがあって、そのエレベーターを動かすためにもう一度カードをエレベーター内の機械にかざした。

「私が仕える人はどんな人なんだろう……。こんな所に住んでるってことはどこかの企業の社長とかだったりして」

 緊張のせいでエレベータに乗っている時間がやけに長く感じられた。
 私は去年の春から京都にある大学に通っている。京都は昔から憧れていた場所で、どうしても大学は京都がよかった。だから、東京の大学を勧める親の反対を無視して今の大学を受験してしまったのだ。結局、受かったはいいものの、学費や生活費を親に頼ることはできなくて、勉強とバイトに追われる毎日を過ごしている。
 少しでも時給のいいバイトにつきたいと常々思っていた私の前に友人の紹介でたまたま現れたのは、使用人のバイトだった。
 いわゆるメイドさん。こんな職業が本当にあるんだって疑問は、今まで見たこともないような報酬を前に消し飛んだ。すぐさま応募したら、なんと採用。そして、今日が記念すべきお仕事一日目なのだ。
 頑張るぞ、と小さく呟いて気合を入れると同時に、エレベーターが開いた。

「え? 部屋の中……?!」

 開いたエレベーターのすぐ前には黒い大理石が敷かれた玄関があって、革のローファーと高級マンションには似合わない白いランニングシューズが一組ずつ並んでいた。
 部屋の中にエレベーターってどういうこと? ぽかんとそこに立ち尽くしていると、玄関から2〜3歩ほど離れたドアが開いて、真っ赤な髪の男の子が顔を出した。
 値踏みするように私を見つめる瞳は左右異なる色をしていて、恐怖ともとれる感情が私の鼓動を速めた。

「あの……、今日からこちらで働くことになった名字名前です」
「知ってる。僕以外にカードキーを持っている人間は君しかいないからね。とりあえず、こっちに来てくれるかい?」
「は、はい……」

 声を聴いて改めて思ったが、この子は明らかに年下だ。私が仕える人の息子さんなのかもしれない。そう思いながら男の子が入ったドアを開くと、その先にあったリビングの広さに感嘆の溜息が漏れた。広さで言えば、私の家の一階部分まるまるあるんじゃないだろうか。内装は白と黒で統一されて美しくはあるが生活感が全くない。
 いかにも高級ですといった革張りのソファーに腰かけていた男の子は、彼の反対側の席を視線で示した。

「失礼します……」
「僕の名前は赤司征十郎。事前に伝えられているとは思うけれど、君にはこの家の家事全般を行ってほしい。君の部屋はこの部屋を出て廊下を挟んだ反対側にある。ドアには鍵がかかるようになっているから、心配であれば鍵をかけるように。僕の言いたいことはこれで全てかな。これからよろしく頼む」
「1つだけ質問してもいいでしょうか……?」

 私はひたすら頷きながら話を聞いていた。ようやく話が終わった時に質問の許しを請うと、赤司様……と呼ぶべきなのだろうか? 彼は「なんだい?」と首を傾げた。

「えっと、私を雇ったのはあなたのお父様なんですよね? 今はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「何を言うんだい? 君を雇ったのはこの僕だ。いうなれば、僕が君のご主人様ってことかな?」

 くすくすと首を傾げて楽しそうに笑う様は、何も知らない人が見ればこの人はこんなに可愛く笑うんだなって感心したかもしれない。けれど、なんとなく……いや本能的に何かを察知した私の背中はぞくりと粟立った。
 蛇に睨まれた蛙というか、世界を掌握した魔王の前に立ちはだかった勇者の気分っていうのかな。この人は一筋縄じゃいかないぞ、危険だぞって、もう一人の自分が必死に警告していた。

ご主人様と私
  mokuji  
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -