「さて、今日の夕飯は……」
赤司くんのもとで働くからと、そのために買った料理本をパラパラとめくる。
シチュー? 煮物? 回鍋肉? 唯一褒めてもらえた料理だから、せめてこれだけは完璧にこなしたい。そう思えば思うほど、どんなメニューにするか決めるだけでも時間がかかってしまう。
「んー……。今日は無難だけどハンバーグにしちゃおっかなぁ……。挽肉とかつけあわせ用のお野菜も揃ってるし」
冷蔵庫の中身と相談した結果、今夜のメニューはハンバーグに決定。そうと決まればさっそく準備に取り掛からないとね。
エプロンを着て手を洗うと、冷蔵庫から挽肉と卵を取り出す。その他に玉ねぎとジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー。あと、忘れずにお米も研いでおかないと。
「夕飯の準備か?」
「あ、はい。今夜はハンバーグにしようと思います」
「へえ……」
包丁を握った私の背後に立つ赤司くんの視線がとても気になる。何か用があるわけじゃなさそうなのに、なかなかキッチンから立ち去らないのはどうしてだろう。赤司くんの前で失敗するわけにはいかないと、ジャガイモの皮を剥こうとする手が微かに震えた。
「…………」
「あの、なにかご用ですか?」
「いや、特に用はない」
「それなら、リビングでお茶でも飲んで待っていればいいんじゃ……」
「却下」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に私は返す言葉もない。気まぐれ赤司くんの考えてることなんてわかるはずなくて、私は少しでも料理に集中しようと頭をぷるぷると振った。
集中、集中……。
「ねえ」
「ひっ……! 危なっ、指切るかと思った……」
「僕も何かしたいんだけど」
とんとん、と突然肩を叩かれたせいで手にしていたジャガイモをシンクに落としそうになった。隣の赤司くんを見ると、並べていた玉ねぎを興味深そうにつついている。
「え?」
「だから僕も料理をしたいと言っているんだ」
「えっと、赤司くんに手伝ってもらっちゃったら、私がここでお仕事してる意味がなくなっちゃうんで……って、無視ですか……」
素知らぬ顔で玉ねぎを手に取った赤司くんを止めることはできないと一瞬で悟る。
「……それなら、玉ねぎの皮を剥いてほしいです」
「ん、わかった」
あの赤司くんが素直に頷くなんて……。普段は俺様の赤司くんが、やけに可愛く思えてしまう。
いつもこれくらい素直ならいいのに、なんて言ったらきっと怒られてしまうだろう。だから、このことは黙っておくべくお口にチャックをして、私はジャガイモの皮むきを再開した。
しゃりしゃりとジャガイモの皮を剥く音、パリパリと玉ねぎの皮を剥がす音。会話は一つもなくて、その沈黙がなんとなくむず痒い。
「えっと……、あ! 昨日はありがとうございました。頼まれたデータ作りに思いのほか時間がかかって、気づいたら寝てしまったみたいなんです」
「…………」
「起きたら毛布までかけてくれてて、正直感動したんですよ?」
「ん? おい、玉ねぎがなくなったぞ」
「え、……えぇ?!」
不思議そうに首をかしげる赤司くん。その手元にさっきまであったはずの玉ねぎが跡形もなく消えていた。その代り、シンクの中に食べられる玉ねぎの欠片がたくさん積み重なっている。
「もう! 玉ねぎの皮というのはこのパリパリとした茶色いものを指すんです! もしかして玉ねぎを剥いたことがないんじゃ……」
「うるさい。やっぱり料理は君に任せることにしよう」
「に、逃げた……」
悪びれる様子を見せることもなく赤司くんはキッチンを去って行った。そして遠くからテレビの音が聞こえてくる。どうやらバスケの試合を観戦しているようだ。
あの赤司くんにもできないことがあるなんて……。今日はいいことを知ったとニヤついたのも一瞬で、まずはこのバラバラにされた玉ねぎをどうにかしないと、と溜息がこぼれた。
ご主人様と玉ねぎ