「黄瀬、今日はやけに機嫌が悪いみたいじゃないか?」
「別に。森山センパイがテンション高いだけじゃないっスかね?」
「そりゃ当然さ! なんたって、こんなにもたくさんの女の子が練習を見に来てくれているんだから!」

 オレに向かって意気揚々と話しかけてきた森山先輩は目を輝かせて体育館をぐるりと見回した。
 たしかに今日のギャラリーはいつもより多い気がする。

「つか、あの子達の目当てはセンパイじゃなくて……」
「言うな黄瀬、オレだってそれくらい百も承知だ。けどな、あの中の一人くらいは全力でバスケに打ち込む俺を見てキュンとくるかもしれないだろう? だからオレはその一人の女の子のために練習を頑張るんだ」
「そ、そうっスか……」
「だからお前は今のまま不機嫌な顔でミスを連発してればいい」
「はぁっ……?!」

 森山先輩が去り際に叩いた背中がジンジンと痛んだ。
 機嫌が悪いわけじゃない……と思う。ただ、せっかく同じ学校だと知ったのにあれ以来一度も名前先輩に会えていなくて。一週間も会えないとか辛すぎる。
 朝練があるから朝待ち伏せて一緒に登校もできないし、昼休みは女の子に追われて先輩の教室に行けないし、帰りにお店に顔を出したくても部活終わるのが遅すぎて店が閉まってるし。もう、ほんと最悪。
 やっぱ、森山先輩の言うとおり機嫌が悪いのかもしれない。

「10分休憩! 水分補給しっかりしろよ!」

 今日3回目のシュートを外した時、笠松先輩の号令が響いた。笠松先輩が不機嫌そうにオレを見ているから、たぶんこの休憩はオレのためなのかもしれない。
 10分でなんとか気持ちを切り替えないとしばかれる。その恐怖に溜息をつくとドリンクをとりにベンチへ向かった。

「き、黄瀬くん……! サインください!」
「え? あー……、別にいいっスよ」

 ベンチに近い入り口に立っていた女の子が手帳らしきものをひろげて近づいてきた。
 この子は何も悪くないのに、ちょっと愛想のない受け答えをしてしまったと反省。受け取ったペンでサインを書き「応援してくれてありがと」と笑顔でそれを返すと、その子は幸せそうに手帳を胸に抱き、お辞儀をしてからその場を去った。

「あの、私もサインもらってもいいですか?」

 オレがサインをしている間に背後に立っていたのか、また声がかかった。せっかくの休憩が台無し。けど、一人にサインをしてしまった手前断ることもできなくて「もちろん」と言って振り返った。

「これにお願いします」
「え……、名前センパイっ?!」
「久しぶり、黄瀬くん」

 にこりと笑ってオレの写真集を差し出したのは名前先輩だった。
 名前先輩が目の前にいる。しかも、オレの写真集持ってサインちょうだいって。

「これは夢……?」
「え?」
「……なワケないっスよね、あはは。えっと、どうしてセンパイがオレの写真集持ってるんスか?」
「実はね、この前お花買ってくれた時に黄瀬くんっていい子なんだなって思ったの。だから、お仕事してる黄瀬くんも見てみたくて思わず買っちゃった」

 くすくすとちょっぴり恥ずかしげに笑う先輩がすごく可愛くて、この場に誰もいなかったら自分を忘れて抱きしめてしまうところだった。
 落ち着け黄瀬涼太、と深呼吸を一つ。
 あれ、サインってこんなに緊張するものだっけ? 黒ペンを握る自分の手が微かに震えている。

「黄瀬くんもしかして体調悪い?」
「え? そ、そんなことないっスよ?」
「なんか指が震えてるし、今日はバスケの調子も悪いってまわりの女の子言ってたから……」

 無理はしないでね?と心配そうにこちらを見上げる名前先輩に、内心ドキドキしつつ笑顔を見せる。

「あーえっと、それは全部センパイのせいっていうか……」
「私のせい?」
「え、あ! な、なんでもないっス! それよりも、はい、サインできたっスよ!」

 その場を取り繕うように写真集を返すと、名前先輩がそのページを見ながら「家宝にしなきゃだねー」って微笑んだ。
 ああ、もうやっぱり可愛い。そんなたくさんの人が持ってる写真集なんかじゃなくて、名前先輩のためだけに写真集作ってサインしてあげたい。
 こんなアホみたいなことを悶々と考えていると、笠松先輩の休憩終了の号令が聞こえた。

「あ、練習再開みたいだね」
「そうっスね……」
「後半も頑張って、黄瀬くん」
「えっと、名前センパイ……、」
「なあに……?」

 首を傾げた先輩の頭にそっと手を置いた。

「先輩がオレに惚れちゃうようなプレーしてみせるっスよ! だから、オレだけを見てて?」 

 それじゃ、と会話を切り上げて先輩たちが集合しているコートへと走る。
 どうしよう。名前先輩の頭ぽんぽんって撫でちゃった。やばい、マジでやばい。
 でも、先輩が練習見に来てくれて、写真集持ってくれてて、頑張ってねって言ってくれて。そんな嬉しいことされたら我慢できるわけねーじゃん。
 ああ、マジで先輩がオレに惚れてくれたらいいのに。そんな期待を胸にオレは本日一本目のダンクを決めた。

これぞ青春ってやつですか?
  mokuji  
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