「やべっ……、今日は姉ちゃんの誕生日だってこと忘れてた……!」
激しい練習を終え、気を抜いたら電車で立ったまま眠ってしまえるような重い疲労感が全身に広がっている。本当ならまっすぐ家に帰って、ご飯食べて、宿題なんて放って寝てしまいたい所だけど、運悪く今日は姉ちゃんの誕生日だということを思い出してしまった。
ごく一般的な「姉」なら、まさか弟からプレゼントをねだるなんてことはしない……と思う。けど、姉二人と弟のオレという理不尽な序列のせいでいつも俺は姉ちゃん達の尻に敷かれている。今日だって家を出るときに「今日は私の誕生日ってこと忘れちゃだめだからね?」と笑顔で脅迫されたんだ。
「ああ、もうほんとサイアク……。今から店まわってプレゼント探すとかありえねーって。つか、今月は練習ばっかでモデルの仕事してないから金ないし」
悔しいけど手ぶらで帰るなんて選択肢はオレには許されなくて、とりあえずケーキ屋でもないかと学校から駅までの道をキョロキョロと探しながら歩いた。
「ったく、こんな時に限ってケーキ屋見つかんねーし……。ん? あれは花屋……だっけ?」
姉ちゃんに怒られることを覚悟で手ぶらのまま家に帰ってしまおうと諦めかけた時、駅のすぐ横に小さな花屋を見つけた。
その花屋は登下校時にいつも目にしているはずだけど、今まで意識して見たことはなかった。部活で使うロッカールームよりも小さいんじゃないかって店内は、花の並べ方にまで気を配っているらしく、バラバラの色をした花が心をほっとさせる調和を保ちながら輝いていた。
こんな店があったのだと驚きながら店の方に近づいていくと、店の中からピンク色のエプロンをした女の子が出てきた。そして、外に並べていた花を一つ一つ店内へ運んで行ってしまう。
もしかしたら、もう閉店するのかもしれない。そう考えたオレは再び店から出てきた女の子に慌てて声をかけた。
「すみません!」
「……はい?」
「もうお店やってないっスかね?」
「え……あ。もしかしてお花を探していますか?」
「今日姉ちゃ……、姉の誕生日で何かプレゼントしなきゃって考えてて……それで」
「えっと……本当はもう終わりなんですけど、大切なお姉さんへの花束でしたら喜んでご用意いたします! こちらへどうぞ」
オレは促されるまま店内へ足を踏み入れる。遠くで見た時にも思ったけど、やっぱりここに並べられた花はどれも綺麗だ。惚けるように店内をぐるりと見回すと、オレの後から店に入ってきた女の子が「ご予算はどれくらいですか?」と尋ねた。
「恥ずかしいんスけど、今日あんまお金もってなくて。だから、2000円以内って大丈夫っスか?」
「もちろん! あとは……お姉様の好みとかも教えていただけますか?」
「え、好み? んー、派手なのが好き……っスかね? あ、でも可愛いのも好きっぽいし……」
「それなら……そうだな……」
オレの言葉を聞いた女の子はまるで独り言のように呟きながらフラワーケースに丁寧に並べられた花と向かい合う。そして、一本のヒマワリを手に取ってこちらに振り返った。
「このヒマワリをメインにした花束はいかがでしょう? お姉様の好みはもちろんあなたらしさも表現できていいかなって思うんです」
ちょこんと首を傾げた女の子はじっとオレを見つめる。あれ、そういえばこの子、オレとあんま歳が変わらなそうだな……。
「えっと……ダメ、ですか?」
「え? あ、いやいや! ぜひそれで!」
「はい!」
大きく頷いた彼女は、まるで鼻歌でも歌い始めるんじゃないかと思うくらい楽しそうに笑いながら花束を作り始めた。
時折オレの方を見て(正確にはオレを見てるわけじゃないけど)、花とリボン、ラッピングペーパの色合いを確認している。その一瞬に見せる真剣な眼差しが、笑顔とのギャップもあってオレの心臓を大きく跳ねあがらせた。
「誕生日に花束なんて、ちょっとクサいっスかね……あはは」
「そんなことないって、私は思います」
「へ?」
「私が好みを聞いた時、お姉様の好みはどんなものか考えていらっしゃいましたよね? そういうふうに贈る人の事を一生懸命考えて渡すプレゼントって何よりも素敵だなって」
はにかむように笑ったその子は「私こそちょっとクサいこと言っちゃいましたね」と頬を赤らめた。
照れる必要なんてないのに。女の子の言葉も、笑顔も、どれもがここに並ぶ花と同じように輝いて見えた。
正直、その後の出来事をあんまり覚えていない。
花束を受け取って、支払いをして、電車に乗った。花束を持って帰宅したオレを見た母さんと姉ちゃん達は「涼太のくせにロマンチックなことするじゃない」とか言って喜んでくれたような。
それよりもオレは花屋で出会ったあの女の子のことで頭がいっぱいだった。また会いたいと。もう一度あの子の笑顔が見れたらいいなって。すぐ眠れると思っていたのに、その日はなかなか寝付くことができなかった。
お花畑のお姫様